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「死の恐怖」を思い出した話 〜大動脈解離手術からの生還シリーズ①〜

気づけば今日4/25は、大動脈乖離発症&緊急手術から2ヶ月のアニバーサリー。2ヶ月かあ。早いような、大昔なような。。

↓退院後10日目ぐらいの記事

実は後日談がありまして。ずっと書きたかったんだけどなかなかパソコンに向かえない日が続いていましたが、せっかくの節目なので書いてみようかと思います。

上の記事でも書いたんですが、わたし発症した時も、救急車を待つ間や運ばれる時、手術すると聞いた時、手術室に向かう〜入った時、術後目が覚めた時〜入院中〜退院まで、

「この痛みがずっと続く恐れ」とか「また痛いことされること(点滴の針を刺すとか)への恐れ」とかはすごくあったんだけど、

「死ぬことへの恐怖」って、ほとんどなかったんですよね。

私、ここ2年ぐらい「闇の美しさを歌う作曲家」として活動していて、ライブのMCやYouTube番組でよく「死」とか「死の恐れ」とか話題にしていて。noteにも死を扱った記事がちらほら(これとか)

そこで一貫して言ってたのは、

「死に至る痛みや苦しみに対する恐れ」は人一倍強いと思うけど、「死ぬことに対する恐れ」はあんまりない。ということ。

「あんまりない」のは最初からではなく、子供の頃に「死んだらどうなるのか」毎晩考え続けて、「無」も「永遠」もどっちもこわい〜〜〜って、宇宙空間にひとり放り出されたような気持ちで夜な夜な気が遠くなってた時期があり、

しばらくして突然「これいくら考えても分かんないし考えるの無駄なんじゃ?」ってことに気づいて以来、「死の恐れ」を感じなくなったというか、一度とことん感じ切ったんだと思うんですよね。

ただ!!

そうは言ってもさすがに実際リアルに「死にそうな目」にあったら、やっぱり「死の恐れ」って出てくるんじゃないかなー、って思ってたんですが・・・

出てこなかった。

そうなのか、死にそうになっても出てこないのか。本当になくなったのか?私の中の「死の恐怖」は?と思いました。

手術前もなんだか「まな板の上の鯉」状態というか、もうどうにでもしてくれ、みたいな感じで、恐怖に取り憑かれるようなこともなく割と冷静で、術後もトラウマとか全然なかったし、とにかく一貫して動じなかった。

動じにくい人間だとは思ってたけど、ほんとに動じないんだな私、と自分を観察していました。

が!しかし!!それは思わぬタイミングでやってきました(笑)

退院して半月ほど経った4/12の夜、この(↓)記事に書いたライブがありました。もともと入院前から予定していたライブで、私が倒れてしまったのでプロデューサーが必死で考えて、私が出演しなくても成り立つように手配し準備から何から一手に引き受けて開催してくれたものでした。

詳細は省きますが、結果としてちょっと無理しちゃったんですよね。行き帰りタクシー使ったので歩いたりはほとんどしなかったんだけど、やっぱり「夜に慣れない場所に外出する」ということ自体が結構な負担だったようで。

翌日はダルかったので安静にしていたのですが、夜になってなんだか足元がちょっとふわつくような?感じがして、血圧測ってみたらいつもより高くなっていて。心拍数も高い。

なんだか急に不安になってきて、何度も血圧測ってたらどんどん上がって170とかいう見たことない数字を叩き出したり!(普段は正常値だし上がってもここまで高いのは見たことなかった)

初めてここで「あれ、私ほんとに死ぬのかな」って思って、ざわわーーーーって怖くなりました。

死・の・恐・怖

あった。ありました。というか思い出しました。子供の頃の気が遠くなる感じ。無になるのかな?それとも永遠の命?永遠って何??ひーーーーー

宇宙・・どこまで行っても真っ暗・・無限・・・静か・・・

と、とりあえず専門家に聞こう!こんな時間に誰か出てくれるのかな?と思いながら病院に電話してみたら繋がった!

でも別の科の当直の先生だったので、親身になって聞いてくれたけど結局どうしたらいいかわからない。「心配なら来てもいいですけど・・」と言われつつ少し様子を見ることに。

その後も血圧は高いし、なんか心臓のあたりがきゅーって締め付けられるような気がしたり、頭がのぼせるような気がしたり、今思えば全部気のせいというか気にしすぎだったと思うけど、

またどこか破れて血液が染み出して内臓が機能しなくなってるのか??とか、心不全??とか、悪い方に悪い方に考えて、ああやっぱり昨日無理して行ったからだ。神様ほんとごめんなさい。もう無理はしません。だから今回だけ許して、とかグルグル考えて。

やっぱり病院に行こうと決心してもう一度電話したのが、3時間ぐらい経った頃だったかな。再度対応して下さった当直の先生に「来てもいいけど多分その状態だと特にできることはない。」と言われ、それまで病院に行くか行かないかグルグル迷ってたのが「行かない」と決まったら、

途端に冷静さを取り戻しました。死んだら死んだでその時だ、みたいな腹を括った感じ。そしたら少しずつ血圧も心拍数も正常値に戻って行って。結局はなんでもなかったんですけど。

わたし、さっき明らかに動じてた!!!なんならちょっと電話持つ手が震えてたし!!

「死の恐怖」を思い出して、久しぶりに「動じた」体験でした。(約3時間)


次の日の夕方、病院に電話して主治医のA先生の声を聞いた時は安堵で泣きそうになったよね。A先生、電話に出てくださって本当にありがとうございます。救われました。。😭😭😭

先生によると、血圧が多少上がり下がりすることは誰でも普通にあることで、私がそれを見て勝手に焦ってドキドキしながら何度も何度も測ったので、余計にどんどん血圧と心拍数が爆上がりして行っちゃったみたいなんです。

実際、気持ちが落ち着いたらすーっと下がったので。。。

つまり結局のところ、ただの独り相撲だったっていう😅

それに、一度血圧が上がったからどうなるってものじゃなくて、高い状態が何年も続いて起こることなので一時の血圧で一喜一憂しなくていいとか、そーゆー常識がなかったんですよねw

とても勉強になりました。。。🙇‍♀️

今考えてみると、退院まで「死の恐怖」を感じなかったのは、

  • 発症当初は目の前の「痛み」や「痛みへの恐怖」が強くて、その奥にある「死の恐怖」まで気が回らなかった

  • 意識の混濁などもなかったので「死ぬリスクが高い」という自覚がなかった。手術や症状の詳しい説明を聞いたのは退院時だった。

  • 入院中は何かあっても看護師さんや先生たちがすぐに対応してくれるという安心感があった ←これが多分とても大きい

って感じですかね。

さてそんなこんなで少しずつ体調も戻って行って、最近はストレッチや軽い筋トレをしたり、4〜5キロ歩いたりもできるようになって、

まだ身体はちょいちょい痛いし、時によって抗えない眠さやだるさが襲ってくるのですが、気づいてみれば「穏やかな日常生活」が戻って来ておりました☺️(もちろん死のリスクを常に抱えていることは十分自覚したので無理はしていません。)

体が元気になると急にいろいろやる気も出てきて、ピアノ弾いてみたり(スローな曲限定)英語の勉強してみたり。ブログもいろいろ書きたいことあるのに、時間が足りなーい。ほんと体と心は繋がってるな〜と、改めて。

そしてつくづく思うことは、この一連の大動脈解離騒ぎ(ライブ〜死の恐怖の経験までを含めて)、

確かに私、これを経験する必要あったよね〜〜〜

ということです。

思考であれこれ意味づけを考えてみても全然しっくりこないんだけど、今はお腹から自然に湧いてくるというか、すとんと腑に落ちた感覚があります。

あ、私の魂がこの世でやろうとしてることを遂行するには、実際に一度死ぬ経験と、死の恐怖をリアルに味わう経験が必要だったのね。というか確かにその方がはるかに説得力あるし深みも出るよね、みたいな。

※「私の魂がやろうとしている(と私が思っている)こと」についてはnoteの過去記事でちょいちょい書いてます。新たな体験を経てまた整理して書こうかな?

「病気」や「死」の捉え方って本当に人それぞれで、自分が腑に落ちた捉え方がみんなにも当てはまると考える人が多い気がするけど、私はそこに正解もないし(全部正解とも言う)、人によっていろんなケースがあるんじゃないかと前から思っているんですよね。

「無理してがんばりすぎないように」とか「食生活を気をつけたら」とか「思考や生き方をこうしたら」とか他の人に対して勧めることは私は不要だと思ってます(実際そういう方がいらしたわけではないです。ご自身の体験として参考に話して下さるのはもちろん別です)

私は自分の今回の病気に関してこういう風に(何かが間違っていたからではなく、その経験が必要だったから)捉えています、という話でした。ご参考までに☺️


ちなみに今日は、冒頭にも貼ったこの記事を読んで「ゆうこさんに今絶対会うんだ!!」と言って、はるばる札幌から文字通り「飛んできてくれた」シンガー仲間のAyaさんと久しぶりに会ったのですが。

Ayaさんが、私の病気の意味を同じように(細かくは違うかもだけど方向性として)捉えていてくれたことにちょっとビックリしたし、とっても嬉しかった。魂を感じ取る感性をもつAyaさんがそう言ってくれたことで、自分で勝手にそう思ってるだけじゃなかったんだなって、さらに確信が強くなりました。Ayaさん本当にありがとう!!

札幌から飛んできてくれたAyaさん。たまたま決めた日程がちょうど2ヶ月のアニバーサリーだったね。Ayaさんとのことはいろいろいっぱい書きたいけどまたの機会に・・


あと最後に、プロデューサーが書いてくれたこの記事。ぜひ読んでほしいです。死の恐怖を体験するきっかけになったライブの話、その時に歌った子守唄の映像も見られます。

わたしこれ読んだ時、涙出ました。こんな風に受け止めてくれてた人がいる。

この記事からさらに何かを受け取ってくれた人がいて。

他にもライブ会場で見てくださった方やYouTubeで見てくださった方が、いろんな感想を届けてくださって。

わたしこの3分半のために大動脈解離やったんだとしても、それで満足だと思った、ほんとにw

いやでもあんな大変だったのに3分半じゃちょっともったいないからww
これからもいろいろ活きていくと思います。あの経験。(あ、でも同じような経験はもういいです。一回で十分・・・・😆)

とりとめなくなりましたが、おしまい!!!


オマケ・・・
ライブの翌日、調子が悪くなったことをプロデューサーに知らせた時に送ったメッセージ。笑える・・・😂

「無理して歌ったから死んだ」と言われるのが一番いやだったw。(実際歌ったかどうかはそんなに負担変わらなかったと思うし。)これを笑ってくれるプロデューサーがありがたい。 しかし本当にご心配おかけしました🙏


最後に、ミュージックビデオ見てね♪



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