もし、2023年7月の剱岳に登らなかったら
day1:馬場島〜早月小屋まで
車のエンジンを切った途端、
ゴウゴウと唸る音が聞こえてきた。
駐車場の側に、大きな川が流れていたのだ。
その川の上流にそびえ立つのは、
標高2999mの名峰・剱岳。
富山県立山方面にあり、日本百名山のひとつに数えられている。
「憧れと試練の山」と言われる剱岳。
麓から山頂までの標高差は、およそ2300m。
その先、急登や岩場、長い樹林帯歩きが待っている。
今回は、この山の頂を目指す。
1泊2日の夏山登山の始まりだ。
剱岳にはいくつもの登山ルートがある。
今回は、早月尾根と呼ばれるルートを選択。
通常、剱岳は最低でも1泊2日の日程が必要だ。立山の室堂から入るルートなら、2泊3日は欲しいところ。
けれど、剱岳を日帰り登山してしまう強靭な方達は、こぞってこのルートを選択し、標高差2300mを、たった1日で往復するという。
一見、普通じゃないなと思う。登ってみると「やっぱりそれは、普通じゃないな」と思った。笑
しかし、このクレイジーな登山のリピーターがいることも事実。剱岳がクセになる山だということだろうか。
登山口は、馬場島と呼ばれる場所。天候は曇り。気温は暑すぎないが、湿度は高め。歩き始めて1時間もすれば、長袖を脱ぎたくなった。
早月尾根ルートには、水分補給できる水場がない。山小屋で水を購入すると、水2ℓで1500円だ。下界の10倍くらいの値段がするし、長い登山の道中で、水が枯渇するのも怖い。
なので、水を担げる分を担ごうと、4.6ℓ持っていくことにした。
テント泊ではないので、その分荷物は軽い。おかげで、普段の倍以上の水を担いでいる割に、コンスタントな歩行ペースを守ることができた。
剱岳の登山口から山小屋までは樹林帯だ。
その道中は風が遮られているためか、
とにかく暑い。
数日前まで線状降水帯が富山周辺に停滞していたため、途中の登山道は泥沼化している箇所がいくつもあった。
所々にある悪路に苦戦。けれど、基本的にはとても整備されている道で、歩きやすい。
蒸し暑さで汗だくな私たちとは対照的に、
木々は静かで爽やかな佇まいだ。
いつも思うことなのだが、森の中を歩いていると、森の様々な声を感じるのだ。
ざわざわと騒がしい樹林帯もあれば、
しんと静まり返っている樹林帯もある。
さわさわ
ざわざわ
さぁーーっ
しーん‥‥
それはまるで、森の木々が、お喋りをしたり静まり返っていたりするように感じる。
木々の声に耳を澄ませていると
木は生きているんだなぁと思うのだ。
こうして木々の様子を観察していると、
歩いているだけで、"自分のまんなか"に
戻っていく感覚がある。
自然と、そして自分のまんなかと、
いつの間にか繋がっていくところが、
樹林帯歩きの面白いところなのだ。
あ、小屋だ。
本日お世話になる早月小屋だ。
4時間の樹林帯歩きの末、今日のお宿に辿り着いた。
小屋に着くと、既に何人かの登山客がいた。お話ししてみると、日帰りで、小屋で折り返す、という人たちだった。他にも同じようなルートで歩いてきた方がいたようで、山頂ではなく小屋を目的地に設定する登山客も、少なくないようだ。
ある人は、また次回、山頂を目指すのだと言っていた。自分のペースで歩けるところが、登山の良いところだもんね。
1日目に山頂まで登ろうかと考えていたが、午後から雨が降る予報になっているとの情報が。
しかも、明日は朝から晴れ予報らしい。
「ガッスガスで何も見えなかったですよ〜」
たった今、山頂から山小屋まで下山してきた登山客が言った。(雲が立ち込めて何も見えないことを"ガスっている"と言う)
それならばと、予定を変更して
明日に備えて体力温存。
1日目は小屋時間を楽しむことにした。
小屋でのんびりなんて、ひさしぶりだ。
古い漫画や登山雑誌がたくさん。
いろいろと読み漁り、小屋でのゆったり時間を満喫。
そして、ひとしきり降った後には、
素晴らしい日没が待っていた。
登山客が次々と小屋から飛び出していく。
各々が、想い想いの山時間を過ごしていた。
day2 :早月小屋〜剱岳山頂、そして下山
翌朝、予想通り晴れた。
朝食はお弁当にしてもらい、am4:20に山小屋を出発。たっぷり寝たので、元気。
意気揚々と歩み始めた。
早朝の山歩きが良いのは、朝日と山のぶつかり合いが見られるところだ。山がオレンジ色に輝く姿は、晴れている早朝にしか見ることができない。
その美しい姿を横目に、森林限界を越えた世界を歩く。
登りを進めていくと、岩場が増えてきた。
ここを歩こうと初めに思いついた人は、
誰なんだろう。
「無理やろ。止めといたほうがええよ。」と思うようなところに、道を作ってしまった人。
山にはそういう道がたくさんある。今やそういう道を"登山道"として、一般的なルートにしているし、その道を娯楽として踏み固める人たち(私たち、登山者のこと)、そして道を整備する山小屋の人たちがいる。
「これが、山頂への道だ!」と決める勇気。
すごいなぁ。ありがたい。
開拓者である先人の選択のおかげで、この険しい道の先には必ず素晴らしい景色があるのだと、私たちは知ることができているのだ。
日本の山々に張り巡らされている道は、どこかの誰かが「道だ」と決めたところの数珠繋ぎ。
ありがたい、ありがたい。
この先には素晴らしい景色があるとわかっているから、その後に続く私たちは、歩ける技術と体力と判断力、そして素晴らしさを伝えていく気持ちを持っているだけでいい。
岩にしがみつきながら、
今ここにいることだけを、考えるだけでいい。
山頂で見たのは、
文句なしの快晴と、
日本海から太平洋まで、360°広がる地球の景色。
そして、たくさんの登山客がいた。写真を譲り合って撮り、風下で朝ごはんのお稲荷さんを食べた。
下山は、なかなかなものだった。
岩場の下山は怖い。日差しがジリジリと迫り来る。太陽の光で、雪渓が緩くなっていた。
そして最後は、長くて蒸し暑い樹林帯歩き。
歩いても歩いても、ゴールの登山口までが見えてこない。「あれ、まだあるのか」を繰り返し、残り2時間は無心に歩き続けた。
水はラスト1時間で登山口、というところで枯渇。5ℓは必要だったなぁと反省した。
登山口にたどり着いたのは、14:45頃。
しばらくベンチから動く気になれなかった。
足が変な感覚だった。
でも、やり切った達成感は、
胸いっぱいにあった。
実は今年の2月から、ジムでトレーニングを始めた。今まで、室内トレーニングなんて絶対ヤダ、と思っていた。でも、長時間の山歩きで膝が痛くなることが度々あったことがきっかけで、意を決して体づくりに取り組むことにしたのだ。
その成果だろうか。休憩を含めて10時間ちょっとかかった2日目を終えて、全く膝の痛みが無かったのだ。(ちなみに、太ももとふくらはぎはガチガチの筋肉痛になったので、また新たな課題はできたのだけれど)
頑張った自分に拍手。そして今起きていることは、積み重ねてきたことで築き上げられているのだなぁと、深く納得した。
ここまで様々な山を登ってきた自信と、
今日までコツコツ積み上げてきた体力作りと、
日々のコンディションの調整があったから
今日登りきることができた。
そして、まだまだ未熟なところがあることも
よくわかった。
さらに、もし今日を登頂日に選ばなかったら
今回見た樹林帯の木々も、悪路も、日没の景色も、夜景も、朝日も、山に咲く花も、山頂からの素晴らしい絶景も、見れなかったかもしれない。
積み重ねてきたおかげである達成感も、未熟さも、味わえなかったと思う。
今日を選べてよかった。
標高差2300mを2日間歩き、
たくさんの景色を行き来できてよかった。
次回は4日も続く筋肉痛で悩まないように、
下山後にゆっくり温泉に浸かれる計画を立てようと思う。
いつも楽しく読んでくださり、ありがとうございます! 書籍の購入や山道具の新調に使わせていただきます。