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ラダック旅行⑦ l 4−5日目・パンゴン・ツォへ。かわいいの、最後峠越え

ラダック旅行の続きです。
前回はこちら。

4日目はヌブラ渓谷からパンゴン・ツォに行き、レーに帰るプラン。
ひたすら山道の移動が多い日だ。
レーになるべく早く帰るために、朝早めに出発しないといけない。
5時過ぎに起きて、荷造りとチェックアウトをする。
ゆっくり朝の散歩を楽しみたかったが結局起きるのはギリギリでそんな余裕はなかった。


出発


6時に受付で朝ごはんボックスを受け取り、バンゴンツォへ向けて出発。
ここのスタッフはドライバーの分の朝ごはんボックスも用意してくれていた。

この谷底の風景ともお別れである。


ホテル近くに大仏が建っていた。ドライバー曰く新しいものだとのこと。
手前には子ロバ。


朝早くからおそらく工事仕事に行く地元民たちとすれ違う。


どんどん来る。


たまに驚くほど綺麗な道もある。






途中、ちょこちょこ道を譲りあってミニ渋滞があるのだが、昨日まで閉鎖してした道を進む前、ドライバーが対向車線に止まっている車に道が大丈夫だったか聞いた。
向こうはグッドポーズで答えてくれて、そこら辺にいたパンゴン・ツォ御一行のテンションが上がる。車同士の距離が近く、みんな目的地が一緒なので、周りの車も盛り上がった雰囲気が伝わってきた。


雨の影響で川の水が多く、結構な流れが速い。車が落ちたら上がってこれないだろうなあと思うような川もたくさんあった。

ゴーゴーと流れる川。


チャイトイレ休憩をはさみつつ安全運転で進む。
最初の休憩場所では、昨晩泊まったホテルに一緒に泊まっていたシンガポール人のマダムと一緒になった。
この地方はもう2週間くらい旅して回っているらしい。
日本にも以前来たことがあるらしく、The most beautiful toilet に感動したと言っていた。

お兄さんがチャイや軽食を作ってくれる。


削り取られたような岩山とは対照的にカフェ周囲はのどかな雰囲気。


その後、車で川を渡ったり、道が冠水していたり、道に深い穴が空いていてタイヤがはまる車や、道の脇に落ちて大勢で引っ張り上げてる車を見るなど、悪路ではあったがそこそこ順調だった。


前の車がはまった穴を石で埋めるドライバー達。
水の中をちょいちょい走る


川に落ちかけている車。
このあと大勢で引っ張り上げて道路に戻った。






かわいいの


途中の道に、観光客がたくさん車を停めて写真を撮っているエリアがあった。



近づくとプレーリードッグもどきがたくさんいて可愛いい。立つ瞬間を撮ろうとたくさんのインド人観光客がずっと携帯を構えていた。


のそのそと歩いて近づいてくる。
人懐っこく、近づいても逃げようとしない。
小川の近くに住む習性があるのかもしれない。


立った。





帰ってから調べたところ、この生き物はヒマラヤンマーモットというらしい。
最近、このヒマラヤンマーモットらが観光客によりビスケットを食べさせられて死んでいる、周囲のゴミも増える、など問題になっているそうだ。
すごく人懐っこくてこちらに寄ってくるのは、美味しいビスケットをくれると思っているからなんだろう。おかげでまるまる肥えている。
だいたい人間の食べているものは動物にとっては毒なのである。美味しいのだろうけど。


ビスケットはくれぐれもあげないようにお願いします。









パンゴン・ツォ  (入り口)


特にこれといった交通止めに遭遇することなく、パンゴン・ツォに無事到着した。

近くまでくると、山の合間から少しだけ青く光る湖の一部が見える。

まず遠くにちらっと見える。


チラ見しては隠れ、チラ見しては隠れ、を繰り返していた。

少しずつ大きくなるがチラチラ見えたり見えなかったり。



もう少しというところでしばらく湖は見えなくなり、最後の山合いを抜けると、パアッと湖全体が視界に広がる。
にくい演出である。
地形がこの場所をさらに盛り上げている。

着いた!!
エメラルドグリーンの湖が視界いっぱいに広がる。



上からパンゴン・ツォが眺められる絶景ポイント


7色に輝く湖と誰かが書いていたが、確かに、太陽の光や雲の影の具合で色が変わっていく。浅瀬と遠瀬のグラデーションも素敵だ。

遠路はるばるきた達成感で満たされる瞬間。


湖は全長約130km もあるらしい。


ところで、ラダックに来て至る所で石が積み上げられているのをよくみる。ゴンパでもいっぱいあった。

ゴンパでもよくあるが、積み重ねられた石がここにも。


これを見ると、賽の河原の石積みしか思い出さない。
三途の川を渡れない子どもが石を積み重ねては鬼に崩され、永遠に泣き苦しむ光景が思い浮かぶので、あまりいい気持ちはしない。
たぶんここでは違う意味であろう(であって欲しい)


何かの願掛けなのだろうか。




少し車を走らせて、レストランへ。
12時過ぎに着き昼食をとる。




昼食 パンゴン・ワイルド・キャンプ

Pangong Wild Camp

湖に沿って走るとテント風コテージがいっぱい並んでいるエリアがあり、湖を見下ろす立地で宿泊することもできるようだ。

コテージがぎゅっと集まっている一帯。


ここの一角にレストランがあり、そこで食事をとった。

なんとレーでツアー会社を運営する上甲さんの旦那さんにここで偶然会うという出来事があった。
上甲さんの旦那さんは日本人の一人旅の方のガイドをされていた。

外に出ると湖が見えるが、店内の席しかなかった。


安定のモモ。揚げモモも美味しい。


トゥクパ こしのない麺


Maggi 柔らかいチキンラーメンみたいな麺。



お腹が満たされたあと、近くの湖畔に降りた。

便器がそのまま置いてあった。なんとも開放的。
でもトイレは別に店の裏手にあったのでそちらを使った。





パンゴン・ツォ (湖畔)



ここは有名な「3 idiots」のロケ地らしい。
しかし、有名な映画のロケ地を堪能するには誰も観てなさすぎた。
6人中2人が一応その映画を観たことがあったが、あらすじや映画の説明はあやしかった。結局どんな話かよくわからなかったが、とりあえずそのシーンの写真を撮りまくった。

観光客がたくさんいる。


お尻が三つある写真スポットは、ポーズを撮って撮影すると一人当たり 50 ルピーかかると言われ誰も撮らなかった。
このお尻の椅子はとくにパンゴン・ツォとは関係なさそうだったが、映画の表紙になっているのでここに置いてあるらしい。

3ケツで150ルピー



湖畔では、インド人が服を着たままズボンずぶ濡れで写真撮影をしていて、やけにカッコいい人だったのでずっと見ていたが終始キメ顔だった。
みんな自分大好き。写真大好き。

沐浴だったらわかるのだが、足をつけるだけなのに、そのままっていうのはどうもわからない。みんな浅いところでもそのまま入っていく。
ズボン捲ればいいだけなのに。
「服を濡らしてはいけない」という考えがないのかもしれない。
彼らは車で着替えるんだろうか、びしょびしょのまま帰るんだろうか。

水から上がるインド人男性。



せっかくなので、映画の最後のシーンで登場人物が感動の再会を果たす場所に順番に行って、逆側から写真を撮ることになった。

湖面に雲と山が映って幻想的。
細い浅瀬の先端が感動のラストシーンらしい。


みんなテクテク歩く。


結構遠いんだよな。


高地に慣れてきてはいたが、ここパンゴン・ツォも標高 4200m とそこそこ高く、湖畔をうろうろ行ったりきたりしているとまた息が切れた。

我々が息切れしてると、インド人の若者集団がまた一緒に写真撮ろうぜとノリノリでやってくる。最後の力を振り絞って笑顔で応える。

帰りもぜえぜえしながら戻る。



パンゴンツォは遠くから見るとエメラルドグリーンや深い青なのだが、近くで見ると透明できれいな水だった。
インドでゴミの浮いてない水を初めて見た。
さすがにここにはゴミを投げ入れたりはしないようだ。

底の砂まで見える透明度。



一緒に旅をしていた N さんは世界各国の砂をコレクションしているそうで、ここの砂も物色しておられた。




ところで、このパンゴン・ツォの東側は中国の領土である。地図では境界線が引かれている。数年前、北岸の国境で軍同士の小競り合いが起きて両軍兵士達が負傷しているそうだ。
少し西はもうパキスタンで、カシミール地方はインド側カシミールとパキスタン側カシミールに停戦ラインで分かれている。何か事が起こればまた緊迫した状況に戻るのだろう。
こんな綺麗なターコイズブルーの湖とヒマラヤ山脈の中で、楽しそうにはしゃぐ観光客。国が宗教や領土問題で争っている地域が近くにあるという事実が今見ている幻想的な景色とちくはぐで、実際に悲惨な殺し合いがあったであろう両国との戦争時にもこの場所は変わらず穏やかな自然のままでいたのだろうなあと考えると、なんだか戦争のある現世界と今いるパンゴン・ツォが別世界のように思えた。


ちなみに、Google mapでカシミール地方を見ると、国境はインドが主張しているラインで引かれている。例えばマングラ・ダム湖はインド側としてその西側にラインがあるのだ。


これはどういうことなのかと思い調べると、Google Map は閲覧者の国により異なる国境を表示することがあるらしい。


なるほどなあ。。
納得ではあるが、考えさせられる。

世界には考えるべきこと・知るべきことが多すぎて、たまに考えるのを放棄したくなる。特にこういう楽しい旅を楽しみたい時や、身体を使ってレジャーを楽しみたい時、疲れ果てたとき。
けれど、私が今海外で生活しているのは、世界のことをじっくり考える時間をもらえたということだろうと感じている。
ただ平和な時代を平和に生きてきた無宗教の日本人である私には理解が追いつかないことも多いが、時折気持ちを奮いたたせて自分の考えと向き合いたいと思う。
漫然と過ごしたらあっという間に帰国だから。




さて、パンゴン・ツォに別れを告げてレーに帰還である。
レーに帰るには、標高 5320m の峠、チャン・ラを通らなければならない。

さらばパンゴン・ツォ。
標高が上がり、景色はまた目まぐるしく変わる。


チャン・ラの手前は大きなこういう岩が多かった。
視界が悪いのでクラクションマークがたくさん立っている。
小さいゴンパがあるんだろう。タルチョがところどころに目立った。
通行止めその1。作りかけで通ってはいけない道をある車が通って道路を壊したので、その修復作業をしているとのこと。みんなプンプン怒っていた。
通行止めその2。上から瓦礫が崩れてきたため除去作業中。
この瓦礫はまたすぐに崩れてきそうである。




チャン・ラ(峠)



ついに標高 5320m の峠、チャン・ラに到着。
パンゴンツォからここまでの道は険しく、瓦礫撤去作業等で一時的に交通止めが3箇所あった。景色を眺めるにも大型トラックの排気ガスと砂埃かなりがきつかったので、窓を開けられず、行きのカルドゥン・ラを越える時よりかなり長く感じた。

休憩中の観光客が多く、トイレが渋滞していた。

パンゴン・ツォ帰りの観光客がたくさん。
通行止め続きでみなさんお疲れである。
トイレはすごい列


道のりが大変だった分、ここで飲んだチャイは最高だった。

2番目に高い峠と書いてあるが、事実ではないらしい(ネット調べ)


カフェでチャイ休憩。


チャン・ラを越えてからは下るだけだったが、ここからもまだ長かった。
ただ徐々に道らしき道になったので、外の景色も十分楽しむことができた。
徐々に日が暮れていく様が美しかった。

遠くに雪山が見える。
西日が眩しい。


途中で車が落ちているところを見つけた。この車はその後どうなったのだろうか。もう救出されたあとだったのか。

崖から落ちて岩に引っ掛かってる車。


小さくストゥーパが見える。
夕暮れ時の山はまた違った趣がある。


道が道っぽくなると、こういう格言的な看板が多くなる。
それだけ崖から落ちる車やバイクが多いんだろうと思う。



車の影が夕陽で照らされ、旅の終わりが近づいているのを感じる。
また作業による通行止め
夕暮れ。目を見張る美しさ。


峠越えのあともなんだかんだ止まったり交通量が多かったり、
予定よりかなり時間がかかり、レーのホテル着は21時くらいになった。







ホテル TSOKAR Retreat


チェックインは夜遅くなってしまったが、ホテルの入り口でスタッフ複数人が出迎えてくれた。
布のようなものを首からかけてくれた。
歓迎の証だそうだ。


ドアマン、威圧感がある。


布をかけてもらって、ドライバーと記念撮影。
大変な道を安全にドライブしてくれてありがとう。


荷物を置いたら閉まらないうちに近くのレストランへと急いだ。
このホテル、大通りから小道を入ったところにあるので最初はわかりにくいが、レストランや賑わったバザールへのアクセスは良く便利な立地にあった。
お湯の出もよく、なによりネットがばりばりあるのでお勧めである。




夕食 Gesmo Restaurant


一応イタリアン?なんだろうか。
google review の店名には、Italian Pizza/Indian Food/Western Food/Chinese Food/Special Burger と書いてある。なんでもある感じだ。


夜遅くまでやってそう。
混み合っているが、奇跡的に大きなテーブルが1つ空いていた。



ここは店員さんの対応が早くて良かった。
味も全体的に良く、特にサラダが美味しかった。
メニュー表に料理の写真が載っているが、写真の3倍くらいの付け合わせが一緒に来る。
調子に乗って頼みすぎた日本人には食べきれなかった。


右下の写真の Chicken を頼むと、
もりもりと付け合わせがのっている。


スープは辛くなくて美味しかった。



喉がイガイガしてきたので、薬局でのど飴を購入した。
レストランの店員に薬局の場所を聞いたところ、Drug store だと通じなくて、ああそうだったと思った。British English なので、Chemistry という必要がある。


最初に喉が痛いと伝えるといきなり抗生物質を勧められた。薬剤アレルギーがある、のど飴が欲しいと言うと、のど飴を出してくれた。インドで抗生物質が簡単に買えてしまうのはどうなのかという問題はさておき、店員さんは英語も流暢で対応がしっかりしており助かった。

のど飴、大きい。



夜のレーを歩きたかったが体調が芳しくない。昨晩の冷たいシャワーで風邪を引いたようだった。
早めにホテルに戻って就寝した。





最終日 チェンナイに帰る



翌朝。
体調が復活しなかったため私は朝の行動はパスし、チェックアウトギリギリまで寝ることにした。
朝食はスタッフが部屋まで持ってきてくれた。


朝食は芝生のガーデンで景色を眺めながら取れる。


私は部屋でフルーツとチャイなど。


部屋からの眺め。
ホテル廊下の窓からの眺め。
お土産いろいろあったそうだ。


チェックアウトの時間にタクシーを呼んだ。お代は 600 ルピーだったので、くる時の 550 ルピーにお迎え代 50 ルピーが足されているようだった。
ドライバーはやたら急いでいて、荒い運転だった。あっという間に着いた。


空港では出発時にも外国人は申告が必要らしく、カウンターでパスポートを見せて到着日と滞在したホテルを聞かれる。到着時と同様、こちらも帳簿に手書きしていた。書き間違えがたくさん生じそうである。

さらばラダック。


帰りのデリー乗り換え時の荷物検査はかなりあっさりで拍子抜けだった。
行きは独立記念日で特別警戒体制だったのだろう。

荷物検査がスムーズだったので、乗り換えまでに時間があった。
デリー空港に着いて Tiffin の文字をみたらさっそく恋しくなり、昼ごはんにはドーサを食べた。


混み合うデリー空港・国内線。
一週間ぶりのドーサ。店で食べるようなサクサク感がなかったが、サンバルとチャトニがすでに懐かしく身に染みた。



夜、無事チェンナイに到着。


飛行機からのチェンナイの眺め。我が家は海近くの大通り沿いにある。


チェンナイは暑い。うるさい。
でもこれも好き。
家に帰ってきたという感じがして安心する。



お土産。紅茶とチョコレートとマニ車。このヒマラヤンチョコレートは手頃な値段でお土産にあげると喜ばれそう。


ミニタルチョを玄関に。




これでラダック旅行記は終了。
最後まで読んでくださりありがとうございました。



次の国内旅行では夜行列車でラーメーシュワラムへ行き、背伸びしてスリランカの様子を見てくる予定。

国外旅行はイスラエルに行きたいと思っている。


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