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恋人たちの淡水、夕暮れ。~台湾~

「リア充爆発しろ」

今や死語になってしまい、めっきり目にする機会が減ってしまった言葉。
最近では他人を祝福する際に「末永く幸せに暮らせ」という全くの反対語としてかろうじて機能しているこの言葉がまだ本来の意味を以て使われていた頃の話をしよう。

台湾を訪れた時のことだ。
真夏の台湾、淡水。私は最高にイライラしていた。
見渡せば辺り一面のカップル、カップル、カップル。
老いも若きも、皆ペアになって仲睦まじく佇んでいる。


前年の冬、クリスマスを目前に控えたある日、私は当時交際していた彼氏から一方的に別れを告げられイルミネーション輝く有楽町に1人置き去りにされるというまるでドラマのような破局を迎えていた。
それから半年が経過し、傷も癒えかけてはいたものの独り身にはこの光景は地獄絵図以外の何物でもなかった。


何故この場に来てしまったのだろう、何故自ら傷に塩を塗り込むようなことをしているのだろう。

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台北駅からMTR淡水線で北上すること約40分、終着駅の淡水駅で下車して
すぐ、淡水河が台湾海峡へ注ぐその河口沿いの遊歩道は台北近郊でナンバーワンの夕陽スポットである。となれば当然写真スポットでもある訳で、自然と足が向いた訳だったが
到着してすぐに「しまった」と思ったのだ。

日没までまだ2時間程度はあろうかというのに川べりには既に無数のカップルが数メーターおき、等間隔に規則正しく腰かけていた。まるで京都の鴨川のほとりのようである。

そりゃあ台北一の夕陽スポット、しかも無料の遊歩道なら当然恋人たちのデートスポットであることは想像に易いのだが当時の私はすっかりそのことを失念していた。

ロケハンの為に歩き回るもどこへ行ってもカップル、カップル、カップル。

全然いい場所が見つけられない。脳内で描いている閑静な川べりと夕陽の画角がちっとも見つからないどころか程遠い現実が目の前に広がっている。

水分補給のために小休止をしようにも目につくベンチは殆どカップルに占拠されていてなかなか座れない。もっと早くにロケハンしておけば良かった、と後悔の念が溢れてくる。そして破局の傷跡が潮風でヒリヒリと疼いて泣きそうだった。

日没まであとどれくらいだろうか。

そうこうしているうちにだんだんと空がオレンジ色を帯びてきて
残り時間があと僅かな事が目に見え始めた。
そしてなお増えていくカップルの数。夕陽を見物に来た家族連れや観光客もどんどん増えていき、瞬く間に遊歩道はごった返していた。そして私のイライラは最高潮に達したのだった。

「クソッ!こうなったらお前等ごと撮影してやる!!!!」

暑さとストレスと失恋の古傷で若干心がやられていたのであろう私が最終的に行きついた結論はこうだった。

淡水の現実をしかと撮影してやろう。夕陽と恋人、上等じゃないか。
一応公共の場でイチャつく彼らの肖像権と撮影に対する羞恥心の事を考慮して後姿をメインに狙っていく理性は残っていたものの殆どヤケクソ状態だった。

「カップルなら誰でも構わなかった。むしゃくしゃしてやった」

もはや通り魔の言い分だ。怒られたら素直に謝って消せば良い(よくない)。

そして早速近くにいる一組のカップルに狙いを定め、オレンジ色に染まり始めた空と川にからめて撮影を開始した。

そして早々に戦意を喪失した。

何食わぬ顔でカメラを構えてシャッターを切っていたところ、カップルがこちらに気付いたのだ。

日本だったら怒られるか嫌がられるであろう次の瞬間、彼等は更にお互いの距離を縮め、密着し始めた。完全にカメラを意識した上での行為である。
そして彼等の背中から伝わる「ちゃんとロマンチックに撮ってよね」と言わんばかりの無言の圧力。

なんだか撮ってるこちらが気まずくなって、結局さっさと切り上げて退散する羽目になった。見てはいけないものを見てしまったような、そんな気持ちである。

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その他のカップルを撮影しても、やはり同様に二人の愛がヒートアップするか気付いた上でスルー、空気扱いが殆どだった。

皆ハグしたり、自撮りをしたり、語り合ったり、思い思いの方法で淡水の夕焼けを見ながら二人だけの世界を満喫している。
数メートル隣に他のカップルがいようが、川を往来する船が突然けたたましく警笛を鳴らそうが、後ろに変な日本人がいようが彼等にはそんなことはどうでも良いのだ。

これが台湾人の気質なのだろうか、スキンシップの取り方も日本人と比べてだいぶ大胆だ。


初めのうちこそ「リア充爆発しろ」と半ば憤りに近い思いを抱きながら鼻息荒くシャッターを切っていたのだが、だんだんどうでもよくなってきてしまった。一体こんな所にまで来て何をやっているのだろう。

見ればカップルの後ろ姿だらけのカメラのモニターが虚しく光っている。
二人の世界に入っている彼らと私が交わることは永久にありえないのだ。

そして、私が独り身であるという事実もまた変えようの無い事実なのである。全く関係のないカップル達を羨んだところで新しい彼氏が現れる訳が無い。

淡水

憑き物が落ちたようにストンと落ち着きを取り戻し、茜色の夕焼けを見つめる。確かに綺麗だ。この綺麗な景色を誰かと共有したいと思うのも頷ける。
しばらく撮影の手を休めて夕日を見ながらブラブラと遊歩道を歩く。


ふと見やると船を引き入れるために川にせり出している一角を見つけた。
そこではカメラを持った人たちが列をなして夕日を撮影している。確かに撮るには丁度良い場所だ。さっき何度も通っていたのに完全に見落としていた。

無関係なカップル達を羨み、勝手にヒートアップしていたせいで視野が極端に狭まっていたのだろうか。まさに灯台下暗しである。

そして、そそくさと列に並び自分の順番を待った。

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かくしてやっと希望の画角を見つけられた訳だが実に妙な出来事であった。
本当にその場所だけスッポリと見落としていたのだから。
恋は盲目、と言うが羨望もまた盲目なのだ。

しかしこの風景の後ろに何組ものカップルが規則正しく座っていると考えると実に面白い。ちなみにこれを撮影しているときにすぐ後ろのカップルから
「見えな〜い」
と言われて渋々退散したのもまた事実だったりする。


淡水、恋人達の川辺。
数年後に再び訪れた際はウェディングフォトを撮影しているカップルを数組見かけた。この街は愛に溢れている。
いつかは私も未だ見ぬパートナーと夕日を見に訪れてみたいものだ、と思ったものの今現在に至るまでその願いは叶っていない。いつかそんなチャンスに巡り会えたらいいな、と心の片隅で思っていたりする。

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