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北見ハッカと三省堂書店

短すぎる梅雨が終わり、暑い日が続く中、あのミントグリーンがやたらと気になる。そう、北見ハッカだ。

ハッカとはミントのこと。薄荷とも書き、ハーブティーや料理に用いるスペアミントやペパーミントはおなじみだろう。ペパーミントの香りには体感温度を4℃下げる効果があるという実験結果がある通り、ミントの香りをかぐだけで涼しく感じる。その涼感効果に大きな役割を果たしているのが「メントール」という成分だ。そしてペパーミントの仲間で東アジア原産の和種ハッカは、このメントールの含有量がずば抜けて多いそうだ。

その和種ハッカ、日本では北海道の北見市が日本一の産地で、明治35年から生産を始め、昭和14年の最盛期には世界の薄荷市場の約7割を占めるほどだったと、北見ハッカ記念館のHPには記されている。

「北見ハッカ」を知ったのは、神保町の三省堂書店の1Fにあった雑貨コーナー「いちのいち」だった。「あった」と書いたのは、今年5月に建て替えのため三省堂書店が一時休業になり、神保町三省堂書店の「いちのいち」は営業終了したためだ(現在は「神保町いちのいち」として有楽町店やグランスタ店、経堂店が営業中)。

もし「ペパーミントオイル」と書いてあれば、通り過ぎてしまっただろう。茶色いボトルに入ったアロマオイルは見慣れていたし、たくさんあるアロマオイルの中からあえてペパーミントオイルを選ぶ理由もなかった。ところが、書店の店頭に「ハッカ油」である。そして「北見」だ。

ミントとハッカの違いや、北見がハッカの産地であったことは知らなかったが、脳内にはみるみる北の大地に広がるハッカ畑をわたる涼しい風が吹き、ミントグリーンの地に赤で「ハッカ油」と書かれたレトロなパッケージの好感度もあいまって、気づいたらレジに持って行っていた。

後になって、「神保町いちのいち」の立ち上げを担当された、元・三省堂書店神保町店店長の秋山さんと知り合い、当時のお話を伺ったことがある。今でこそ雑貨を売る書店はたくさんあるが、2013年当時は画期的なことで、秋山さんは多忙な店長の仕事と並行して、大変な苦労をして商品集めに奔走された。そんな中、「1点だけ自分で選ばせてほしい」と言って社長が持ち込んだのが「北見ハッカ」だったという。

「神保町いちのいち」は大成功、中でもヒット商品として売上を支えたのが「北見ハッカ」だったそうだ。秋山さんは言う。

「書店で雑貨を売るというと、料理本の隣にキッチンツールを置く、というような発想になりがちですよね。でも、そんなことでは本を買いに来た人は物を買わない。
わざわざ書店の扉をくぐって本を買いに来るお客様がどんな方なのか、どんなものが好きなのか、知り尽くしているのがプロの書店員です。例えば、人文書のコーナーでは革製品が売れるんですよね。一見、何の関連もないけれど、人文書を買いに来るお客様はそういう方なんです。なんとなくわかりませんか?
北見ハッカは、本を買いに来るお客様にドンピシャでハマッた。悔しいけど、あらためて社長はすごいと思いました」

その話を聞いたとき、私が買ったのはアロマオイルではなく、書店員のプロ中のプロである三省堂の社長が選んだ「北見ハッカ」という物語だったのだと気付いた。

目的の本があればネット書店で注文できる今、わざわざ書店にやってくる奇特な人が、書店のお客様である。そんなお客様のツボを知りつくした書店員のノウハウが、雑貨の販売にも応用できたのだ。私は目の前がぱっと開けたような気がした。

私たちのお客様は、これだけネットに情報が落ちている中、わざわざお金を払って雑誌を買ってくださる読者である。私たちも、そんなお客様が喜んで買いたくなるモノが提供できるのではないだろうか。「料理本の隣にキッチングッズ」的な安易な発想ではなく、お客様のことをとことん考え抜くことができれば。

「北見ハッカ」にはメディア×物販のヒントが詰まっている。



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