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本当に怖くない猫の話 part.7

アレルギーの猫は怖くない

穀物アレルギーの猫の飼い主が結婚相談所『ハッピープラス』に現れた。人間が猫のアレルギーなのでなく、猫がアレルギーを持っている。猫が穀物を食べられないので、自分も食べないのだという。だから、結婚相手もそれを理解して、グレインフリーな肉食生活を送ってくれる人が良いそうだ。そういった要望に応えられるのか、何でも屋は返答に困り、所長に対応をお願いした。

「そういったご相談であれば、一般的な結婚相談所の方が良いと思います。こちらの相談所は、独自のイベント等を催しておりまして、食事にはアレルギー対応をしておりますが、完全ではありません。また、猫好きと言う以外には、相談者の方の趣味をあまり把握しないようにしているんです」

「客の身上書はしっかりしているべきではないですか?」

「もちろん、勤め先や住所等がはっきりしている事は望ましいことだと思います。しかしながら、こちらの相談所は猫好きであることが条件です。それ以外にもことさら条件をつけるとお相手の選択肢が狭まってしまいますよね。猫好きだからといって、必ずしも猫を飼われているわけではありません。同様に、読書好きの方が、必ずしも読書好きの方とご結婚したいとも限らないと思うのです。だからまぁ、趣味が一致するというご希望があったとして、趣味の事はメールのやり取り等で把握されてくださいとお願いしています」

「そうですか。じゃあ別に私がここで紹介していただいた方に自分で食生活を合わせていただけるか確認すればよいのですね」

「そうですね。そういった事は構いません。お見合いされるときの服装については、貸衣装もご用意できます。またお化粧やヘアセットについてもお店を紹介させていただきます。アレルギー対応の都内の飲食店についてもリスト化しております」

「十分です。登録させてください。少なくとも猫と一緒に暮らしてくれる可能性がある人を紹介してもらえるだけでありがたいです」

最初に限定的な条件を出してきたと思えないほど、グレインフリーの客はあっさりと意見を翻した。

世の中には様々な趣味嗜好の人がいる。ダイエット好きの人もいれば、和食は食べないという人もいる。そういった自分の趣味を結婚相手にも趣味にしてもらいたいと思う人は実は少なくないが、それにしても穀物を食べないというのは極端だった。
アレルギーなら仕方がないが、アレルギーの家族がいるから、自分も食べないというのはなかなかに涙ぐましい。特に、全般的な穀物アレルギーといえば、米もパンもとうもろこしの入った食品も食べられないということだ。

グレインフリーの客は痩せて見えたが肉食なのだろうか。おやつは果物だけなのか。主食は芋だろうか。何でも屋は、つい埒もない想像をしていてしまった。

所長が荒療治だと言って、グレインフリーのな客を婚活パーティーに参加させた。参加は強制ではないが、まずこちらの会がお勧めですと言われたら、断る会員などなかなかいないものだ。

婚活パーティーといっても、軽食をつまみながらの夏の朗読会といったイベントで、参加した人が強制的に言葉を交わすようなものではなかった。朗読をしてくれたのは、作家で猫のブログが人気の猫ブロガーの方である。
以前は、このハッピープラスの会員で、縁が結ばれて結婚をされた。相談所のホームページに彼女のブログを紹介させてもらっているので、いまだに相談所と縁が深い。

夏だから、怪談話で話でもと今回の朗読会のために張り切って新作を書いてきてもらっていたが、聞く分には全く怖い話ではなかった。家にお化けが住み着いたと思っていたら、猫だったという話だ。
何の変哲もない話だがが、ほのぼのしていて、途中で聞いている人に意見など求められて朗読会は終始和やかに進んだ。

「いかがですか?お食事の方は」

何でも屋はなんとなく気になって、グレインフリーの客に声をかけた。

「とり天、とってもおいしいです。でもだめですね。やっぱり他の人が食べているものがおいしそうに見えちゃって。こうやって私意思が弱いから、私を励ましてくれる旦那さんが欲しいなと思ったんですけど」

グレインフリーの客は朗読が終わり、食事に手をつけながらため息をついた。膝には、ここの看板猫でなんでも、家の飼い猫の黒猫のネコクロが乗っていた。その初対面のネコクロを慣れた手つきでなでながら、ため息をついた。
そして、何でも屋が何の質問もしないのに、彼女の方から語り始めた。

「実家にいた猫を飼っているんです。実家にいた頃は、私が拾ってきたくせに、世話もろくにしなくて、でも、就職して一人暮らしを始めたら、寂しくて連れて来ちゃったんですよ。猫がいておしゃれなインテリアを飾る生活をしたいなんて理想を抱いたんですが、猫は観葉植物の土を掘り返すし、挙句の果てには、葉っぱをかじって、中毒になりかけて、焚いたアロマは猫の体質に合わないもので動物病院の先生に怒られちゃって、キャットタワーを買ったらそこから落っこちて捻挫するしで、散々でした。仕事と猫の世話しかすることがなくて、実家に返そうかなと迷っていたら猫を可愛がっていた母が突然事故で死んじゃったんです。母が亡くなると、やっぱり寂しいから、猫を父のいる実家には返せない気持ちになってしまったんです。猫のアレルギーも本当は何が原因なのかわからないんです。でもキャットフードを変えたら、体調が良くなったから、私がしてあげられる唯一の事だったから。私が自分のために猫を振り回しているんだから、自己満足でももっと猫の気持ちがわかるようにできることをしたいと思っているんです。でも自信がないから、私よりもっと猫を大切にできるような人と結婚したいんですよ。自分勝手で他力本願で、自分が本当に嫌になります」

「いいんじゃないですか。寂しいから猫を飼っても。理由がなんであれそれであなたは精一杯のことをしてあげてるんですから。それに孤独がわからない人が増えたら、結婚する人も猫を拾う人も、ますます減るかもしれませんよ。現に、私は猫を飼っていますが、それだけで満足して寂しくないから独身です」

現状に満足してしまえば、生活に変化は求めないし、生まれない。もちろん、結婚願望も持たない。

グレインフリーの客の常に変わり続けようとする若さが何でも屋にはまぶしかった。

何でも屋なんて、最初の依頼人にどんどん仕事を紹介してもらって、今がある。その依頼人が今の生活を全てお膳立てしてくれたようなものだ。他力本願、万歳である。依頼人は今や結婚相談所の同僚で、猫友である。

グレインフリーの客は、自分に自信がないようでいて前向きだ。素直な性格で、本人が思っているよりは社交性があるように見られた。

彼女はきっとすぐに相手が見つかるだろう。

結婚相談所に勤めて1年ほど経ち、何でも屋にも、なんとなく職業的な勘が身に付いたようだ。

彼女は2ヶ月ほどして、結婚相手が決まり、相談所を卒業した。お相手がグレインフリーを許容してくれたかどうかは知らない。

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