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東と西の薬草園 9-④

テーブルを挟んで、三歩の距離で対話する。
近づき過ぎないように、配慮するのが難しい。
この『峠道の貸庭』の妖精の棲み処と呼ばれる事務所はそれほど広くはない。
樹齢の相当古い木から伐りだした木製のテーブルは上座に遥、右に田村、左に杉山が座れば、後はだれか客が来ても3人ほどでぎゅうぎゅう詰めになってしまうだろう。
杉山たちが訪ねてきたのは、保護猫たちの部屋に新しいキャットタワーや爪とぎを遥が設置している途中だった。力仕事で疲れていた。
追い打ちをかけるように杉山たちとの話し合いは平行線で、せっかく緑茶風に短い時間で煮出した紫蘇茶を二人は少ししか口をつけず、茶色に変色してしまいそうだ。
いつかの農協の田村とは久しぶりに会った。花見のイベントで田村に誤ったルールをメールを流され、さらに持ち込み禁止だった酒を配られた苦い記憶がある。
副町長の杉山はまるで日課の如く、三日に一度は貸庭に顔を出していた。
それが遥にはお腹が痛くなるほどの負担だ。
紫蘇は茎や種を煮出しても効能がある。香りも葉と変わらず良く、煮出す量や時間によって色が変わるから、遥は晩秋から大量に干して使い道のなかった紫蘇の茎の茶にすっかりハマっていた。外作業で冷えた体を温めてほぐしてくれる。

外も内もカラフルな壁色の貸庭の事務所で、杉山が落ち着きなく作業着のポケットを弄りながら、ポロポロと屑を床に落とした。その隣で要件のある杉山より付き添いできた田村の方が激昂していた。

「あんたの考えがわからんけん、聞いとるのよ。ここみたいな場所が町にいくつあっても良かろうもん」

「他人のすることに口を出せる立場じゃありません」

「他人て、自分の生まれ育った町のことやろうもん」

田村は遥の我関せずといった無責任な態度が許せないようだった。実際遥は無関係と思っていたわけでもなかったが、愛想のない口調は元々だ。面白くない話をするときは冷たい言い方になってします。対して田村は、よくも悪くも正義感が強く、自分の考えについて押し付けがましいところがある。果実町はお人好しでお節介の文化なので、田村のような性格は遥も馴染み深いものではあった。

(なるべく反論しないで、ハイハイと話を聞いてやり過ごそう)

遥も自らの短気を自覚して己の感情を抑え込もうとお茶をマグカップでがぶがぶ飲んで、お代わりしながら二人の話を聞いた。

「地域のことには疎いので。それにこの貸庭事業がなぜうまくいったか分からないと何度も申し上げているじゃないですか。私に聞いても分かりません。町の振興策にここが関係あっても、私は関係ないですよね」

「ここで生まれ育った人間が関係ないとは何ごつか。大体ここの管理人やろうが。ぬしが責任ばとらんね。ふざけたことぬかすな、たわけが」

田村につられたのか頭に血が上った杉山に恫喝されて、話の中盤から同席していた移住組は肝が潰れそうに驚いていた。話し合いの間、三人は全く口を挟めなかった。しかし、遥にはが同席してくれるだけで心強かった。事務所には他にカエルとみどりと湧水がいた。遥も多少激高する田村が怖くはあったが、驚きはしなかった。九州の人間は概して口が悪い。少し人間関係が拗れたら、ヤクザの下っ端も真っ青の口汚い言葉が飛び交うことなど日常茶飯事になってしまうのだ。特に田舎で農作業や土木作業に慣れている人間は健康的だから、腹から声が出る。声量があるから脅しが効くので、悪い言葉を使う人間がつけ上がる事が多かった。
しかし、一方では口の悪さほど根は悪くないことがほとんどだ。むしろ正義感のある人ほど声を荒らげがちだ。悪気がないから尚たちが悪いと見るか、本当に半グレ上がりではないことに安堵すべきなのか。

しかし、どんなに杉山に果実町の利を説かれても遥は引かなかった。

「杉山さんたちの結論は出ているんでしょう。それになぜ私の意見がいるんですか。私の意見やアイデアが欲しいんじゃなくて、責任を取らせる人間がほしいだけじゃないでしょうか」

遥も興奮して思わず涙が溢れた。泣きながら、そう抗弁したが、心の中は怒りに燃えていた。

(この富居さんの山にゴルフ場をどうしても作るなら、私はここを辞めますって!交渉は私以外としてくださいよ。山鳥の保養所にゴルフ場が必要かどうかなんて私の管轄ではありませんから。そして、地元の者として、ゴルフ場なんて興味もないし、ウンザリなんですよ!)

実際には泣いていても、心は鬼の形相だ。

「あんたも頭の硬すぎよ。若いとにね。その柔軟性のなさじゃ話にならんばい」

頭の固さはお互い様だとは遥は言い返さなかった。いいじゃないか。九州人らしい頑固者で、田舎には珍しい議論嫌い。九州は日本では南で西だが、世界で見れば東側だ。東と西の両方の特性を兼ね備えた遥とこの庭こそ九州らしさだ。

「ハルさん。大丈夫。ごめんね。何といえばいいか分からなかったんだよ」
杉山たちが帰るとカエルがすぐに謝ってくれた。しかし、カエルに謝られても何がどうなる問題ではない。杉山たちが残した紫蘇茶がむなしく事務所内に漂う。

その日は、遥はもう一度猫部屋の改装に取り掛かる気にはなれなかった。残りはハチと湧水がやってくれるというので任せることにした。漫画家とイラストレーターだ。さぞセンスのある部屋に仕立ててくれるだろう。
みどりとカエルはレストラン『かえる亭』の午後営業の準備に戻った。

遥は貸庭の公式ブログの更新とか会員への季節のあいさつ文のメール作成とか、保護猫カフェの事業計画案とか溜まっている事務作業をそのまま妖精の棲み処でやることにした。しかし、それらに目途がついてポットのお湯がすっかり温くなった日暮れになっても何だか仕事をした充実感がなかった。
肝心なことが解決していないと思うからだろう。

東京から持ち帰った課題を提出できるようにそろそろ手をつけなければならない。しかし、遥が関わる必要が本当にあるだろうかと疑問を持ち続けている。

課題の案はもう大体目処が立っている。新しいフルーツフレーバーティーのアイデアを遥からも出してほしいと言われたのだ。遥は紫蘇茎茶と柚子のフレーバーティーはどうかと考えていた。自宅では難しいが、紫蘇は十分煮込めば紫色になる。それに酸味のある柚子粉を作ってもらって加えたらお茶が明るい色に変わるのだ。

最初はマロウ茶で考えたが、マロウと柚子は季節の組み合わせがチグハグだ。
さらにマロウは日本らしい身近さに少し欠けている。紫蘇と柚子なら、柚子が少し遅いくらいであまり利用法のない紫蘇の茎ならコストもかからないのではないだろうか。

フルーツフレーバーティーの商品開発部門は霧山酒造に移る。楽しい仕事を田舎に持って行きたいというのが山鳥の会長、鷹之の理想だ。ゆくゆくはフルーツフレーバーティー事業自体が霧山酒造の息子の霞と富居家の孫娘の香に移る。果実町発信の新しいフルーツフレーバーティーは二人が考えるのが筋だ。
しかし、二人がうまくいってレンタルガーデン事業などが興った最大の功労者は遥だという事で第一段のアイデアは二人が遥に譲ってくれたらしい。
二人が面と向かって遥に言い出さなかったのは、直接言えば遥が絶対断ると思ったからだろう。確かに断ったに違いない。
レンタルガーデン事業はいつの間にか始まっていて、果実町産を使ったフルーツフレーバーティーは遥が地元に帰る前に流行っていた。
貸庭で生まれたあれこれは、遥が思いつきで言った事を香たちが乗っかっていろいろやってくれただけだ。
本来ならフルーツフレーバーティーの新しい味は料理がうまいカエルが考えた方がいいのではないか。
しかし、東京の山鳥に会議に参加して地元を一度離れた人間が地元に戻って、町の新しい"味"を考えるところにストーリーがあると東京で説得されたら、そうかなという気もした。
カエルや香、みどりや湧水や九州道は移住組で霞は地元を離れたことはない。傍目には遥が適任に見えるだろう。
しかし、他人からは紆余曲折あるように見える遥の人生には何もない。
地元を離れてよそで10年以上働いて、4つの職場を転々とした。何のスキルも身に付かず、わかったのは、どうせ円滑なコミュニケーションなんて自分には無理だから黙っておけばいいというのだ。
どうしても黙っていられないのは辞める時で、それまではひたすら黙って仕事すれば良い。しかし、そうしたら、雑務が降ってきて便利遣いされるだけになった。その雑務もどこに行っても処理が追いつかない。
どこにも居場所がなかった結果、地元に帰って来た寂しい人間だ。
学んだのは意見を言わない事だったはずなのに、いまさら他人から意見を求められる。
園芸の知識が何もなかったところから、レンタルガーデン事業の責任者になり、お茶に詳しくないのにフルーツフレーバーティーの新商品開発に関わることになってしまった。さらに町の振興事業の事も考えるなんて遥には荷が勝ちすぎている。
日がすっかり落ちてしまう前にと庭に出た。レンタルガーデンには数人の客がいて、寒くなってすっかり花の少なくなった場所で枯草をせっせと取り除いていた。後数日後の12月1日から2月までレンタルガーデンは休業期間だ。ロッジを借りたり、以前から借りている庭で作業することはできるが、スタッフは常駐して手伝わない。イベントもない。ぽつぽつとまばらに咲き残った薔薇の手入れをする客は今年最後の庭仕事を惜しんでいた。

遥は副町長の杉山との昼間のやり取りを思い出して、刈る草を握る手に力が籠もった。杉山はこの近辺の山にゴルフ場を作る提案をまず富居家に持っていったらしい。しかし、管理人の遥の意見を聞くように言われて、渋渋やってきたのだ。遥と杉山の付き合いは1年にもならない。しかし、年の功で遥の九州人らしいもっこすさを察していたようだ。この女は絶対反対すると思って喧嘩腰だったのだろう。実際には、決定権は遥にないと言っただけだが、脅してもすかしても富居家の賛成を取り付けるのに協力してくれないと分かって激昂したのだ。妖精の棲み処と呼ばれる事務所の可愛らしい扉を壊さんばかりに音を立てて出て行った杉山の様子を思い出すと遥は憂鬱になる。

20代の頃であれば、町づくりは遥の興味のある分野だっただろう。しかし、30代も後半になるとこれまで経験のないことをするのはためらわれる。今の遥の望みは町の発展というより、この町の片隅の富居家で気の合う人たちと穏やかに隠れ住むことだ。下手な野心も都会の人に張り合うための虚栄心も持ちたくない。ゴルフ場なんかいらないというのが、遥の本音だが、都会の人が来るレンタルガーデンのそばにゴルフ場があるのは悪くなかろうという杉山の理屈もわからないではないのだ。強く反論出来るほど地域振興策や環境保護について知識もない。ただ、遥が住みたい場所に特段ゴルフ場はいらないなという漠然とした理想があるだけだった。そもそもレンタルガーデンから10キロほど離れた隣山にはゴルフ場がすでにある。
何よりこういう思い煩いこそ、遥がしたくない事だ。ただ、世の中の変化を感じるだけの神経体になりたい。誰の神経も逆撫でしないように、いらない口は捨ててふよふよといい加減に漂って生きていたいのだ。

こういうことを考えるから、漫画家の湧水に仙人キャラとして描かれてしまうのか。湧水の観察眼は鋭くて遥が主人公のモデルという漫画を読むと自分の野暮ったさや陰鬱さや頑なさが恥ずかしくなる。しかし、一方でどこか魅力的なキャラクターにも見えるから湧水の漫画家としての筋立ての力は確かである。

さらに、懸案であるのが野人にこの『峠道の貸庭』の取り扱い書を作ってもらう事だ。山と人と園芸品種と野草が共存する貸庭のレシピだ。

ゆくゆくは本にして出版したい思惑も山鳥のフレーバー事業本部にはあるらしいが、野人自身にそんな意欲があるだろうか。造園についての本は今まで数冊出していて、町には寄贈されているもののそれを知っている人は少なく、既に絶版だ。庭の写真集はダメでも、レシピ集ならとは屁理屈だ。駅前のパネルを野人が了承したのは、遥の提案だったからだろうと他人は言うが、野人は孫のカエルに甘いので、カエルが賛成であれば、ほぼ何でも反対しないだけではなかろうか。

「師匠。私がこの庭の管理をずっとやっていけると思いますか」

「そぎゃんこた、分からんね。ばってん、みんさん良い庭ば作るようになってきなさったじゃなかね。一緒に楽しめばよかよ。わしも、大病を何度かして入院したけど、庭は待ってくれとった。犬猫ならそうはいかんばってん、庭は優しかもんよ。やるこた山積みになっとったけどね」

庭作業は楽しいだろうか。遥は到底草木の手入れに熱心とは言えない。客よりもセンスの良い寄せ植えを作ることができない。野人から教えてもらったこともすぐ忘れてしまう。それでも、日々庭に出る。それが嫌とは思わない。そりあえずは、現状それでいいかもしれない。杉山たちのいう通り、それだけでは他人のためにはならずちゃんと仕事しているようには見えなくても。自分の心のためにはなっている。

「師匠。夕飯を食べていかれますか。今日はかえる亭は混んでますから、私が何か作りますよ」

「ほんとね。そんなら、これで卵と炒め物でもして。わしがおにぎりば握ろうたいね」

もうすっかり日も暮れ落ちて遥が声をかけると、野人は庭に懐中電灯を当ててわかめのように茂ったルッコラの葉をごっそり鎌で刈り取った。

「いいですね。柚子大根を漬けてあるんですよ。それに大根の味噌汁でも作って、大根尽くしで食べましょうか」

「そりゃ、よかばい。大根のおごちそうたいね」

遥たちが露ロッジに戻って玄関の扉をあけると柚子が香った。例によって杉山がトラックいっぱい柚子を持ってきてくれたために、遥たち『峠道の貸庭』のメンバーは、ここしばらく柚子仕事に勤しんでいる。

10分もかからず、味噌汁や炒り卵のおかずを作って、飲み物はもちろん柚子茶にした。蜂蜜漬けにした柚子皮にお湯を注ぐだけ。一つまみ塩を加えると味噌汁とおにぎりにも合う。

「うん。こりゃどれもうまかばい。梅仕事に栗仕事に柚子仕事。今年はハルさんよう働いたね」

食後のおやつにはひと月前に作り置きしておいた栗の甘露煮を出した。それが自分でも美味しくて、遥の口元は綻んだ。しかし、野人にしみじみとねぎらわれると、仕事なんて名前がついていても果たして果実を漬けることが仕事と呼ばれるようなことだろうかと口の中に苦いものが広がった。

仕事がなければ生活に関わる。生活できなければ、命に関わる。病気になれば、仕事に支障が出る。病気の治療をする暇が無ければ、命に関わる。

仕事と治療どちらが優先かは遥には自明だ。病気の治療が優先だ。人手が足りないのは果実町が病んでいるからだ。仕事だけ持ってきても、病気の町は働けない。原因がよく分からないから効果的な治療が見つからない。また、回復可能かも分からない。このまま過疎化して朽ちていくかもしれなかったところ、フルーツフレーバーティーで凌いで小康状態を保っている。
梅仕事や柚子仕事で果たして果実町が救われるだろうか。来週はみんなで霞の母にならって沢庵漬けをする予定だった。漬物など日本中にありふれている。到底果実町の振興策にはならなそうだ。

今年の営業が後数日しかないので、『かえる亭』の営業時間は通常の10時までから今週だけ夜の11まで延長されている。カエルの仕事が終わるのを待たずに、二人が借りているロッジに野人を送っていくべきだろうかと思いながら二人でテレビを見ながら雑談するうちにすぐに時間が経ってしまった。遥のロッジには、今子猫が3匹いるから、一度来るとその懐っこい猫たちと野人は別れがたいようである。遥にしてみれば、子猫は病院通いが大変で、なかなかかわいがる余裕がない。引っかいたり噛みついてくるのも痛いので、子猫が大きくなって、保護部屋の穏やかな三毛を部屋に連れてこられるようになる日を心待ちにしていた。

何がどうすごく大変ということもない。遥が自分で気ぜわしがっているだけなのだおう。

貸庭の顔は野人で、料理やイベントの評判はカエルのおかげ。フルーツフレーバーティーの売却事業は香と霞が進めている。ただの管理人の遥がいなくなって困ることはない。責任なんて抱え込む必要はない。ただ遥なら話しやすいと思ってみんなであれこれ勝手な計画を持ちかけてくるだけなのだ。それを実現する力が遥にあるわけでもないのに。

いじけてどうするのか。
確かに遥はカエルのような処世術や器用さも無ければ、湧水のような体力もなく、霞や香のように家業で経営を学んだ経験もなく、野人のような人望もない。
遥は替えが効く。しかし、だからこそ辞表を縦に取って、ゴルフ場建設をやめて下さいなんて言っても効果はないし、いい歳をしてみっともないではないか。自分に出来る事もしないで駄々をこねるだけか。

ゴルフ場を止める力は遥にない。出来るのは意思表示することだけだ。成り行きを見守るしかない。悲しいことなんて人生にたくさんある。だからってその度に人生棒に振るのか。ゴルフ場建設に反対して、仕事を辞めると言って母は理解してくれるかもしれない。
しかし、恵まれた職を手放して世間の評判はどうか。地元にいる意味もなくなる。
悲しいことの埋め合わせをして生きた方がいい。どうせ、女でコネもツテも経歴も迫力もない遥の言い分なんて田舎で聞いてくれる人はいない。それが、みじめと思うには、田舎にはありふれた現実だ。世の中には遥と似たような境遇の人間は五万といる。

「師匠。ここに例えば新しい事業を持ってきたり、噴水作ったりすれば、もっと楽しくて過ごしやすい憩いの場になるんでしょうか」

テレビドラマを見ながら視線も向けずに遥が問いかけると、ふむと野人は少し考えるそぶりをして柚子茶に口をつけた。

「建築も造園も人の手になるものにあるのは有限の自由よ。わしわね。ダム反対しに帰って来て、破れて造園を始めた。何の解決策も見つけられず、妥協して生きとる。だけんといってな、したくないことばしちゃならんね。どこの職場も適材適所にならんとは、だいたい嫌な事ば向いてない人間に押し付けるからよ。それに向いてる人がかえって仕事にあぶるっと。選択肢ば奪うようなことばしちゃならんのよ。何かを作れば、必ず何かが生まれるというもんじゃなか。何か生まれても、何か失う。ままならんもんよ」

何か作って、何かが生まれても、それで何かが失われる。野人の言葉は遥の腑に落ちた。野人にダム建設に反対した過去があったなんて初めて知ったが、確かに野人らしいと思えた。しかし、結局ダムはできたのだ。それは野人には乗り越えられなかった挫折だが、だからといって何度も説明されたら賛成に回れて生きやすくなったというものでもないだろう。
思いもかけず、立派な事業になり果実町に受け入れられたこの『貸庭の峠道』の明日もどうなるか分からない。思い煩いすぎてもいけないが、希望ばかり持って上手くいかないからと憤っても仕方ない。

「もうちょっとオシャレな場所にならんかね。園芸は楽しかろうけど、いまいちパッとせんとよ」

遥は昼間の杉山の言葉を思い出した。オシャレな山って一体どういう場所だろうか。わからないけれど、遥が思う果実町に合うやり方でこれ以上のレンタルガーデン事業の改革もありうるのかもしれなかった。

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