乱数表

NPBにおけるサイン盗みの歴史

各球団の補強や契約更改もおおよそ終了し、自主トレが何かと話題になるこの時期。最も野球界を賑わせているのはその話題ではなく、海の向こうであるMLBで発生した、2017年のワールドチャンピオン・アストロズのサイン盗み問題で間違いないでしょう。

外野席にカメラを用意し、そこで撮影された映像がベンチ裏のモニターに送られ、分析班がサインを解読。その情報をダッグアウト内のごみ箱を叩いたり、口笛を吹くことで、打者に次の球種の伝達を行っていたようです。ユニフォームの下にブザーを仕込ませていたという疑惑もあり、今後さらにその全貌が明らかになっていくことだと思います。

またこのサイン盗み疑惑によって、MLB機構よりアストロズは500万ドルの罰金とルーノウGM、ヒンチ監督の2020年シーズンの職務停止、及び今年と来年のドラフト一巡目と二巡目の指名権をはく奪されるという非常に厳しい処分が下されました。これを受け、アストロズはルーノウGMとヒンチ監督の解任を発表。加えて、2017年当時アストロズでベンチコーチを務め、2018年からはレッドソックスの監督を務めたコーラも解任され、当時選手としてサイン盗みに関与したとされるベルトランも、2020年からメッツの監督に就任する予定でしたが、1試合も采配を振るうことなく解任となってしまいました。

このように非常に大きな問題となっているサイン盗みですが、日本でも直近では、昨年の選抜高校野球の星稜対習志野の試合で、星稜の監督が習志野がサイン盗みをしていたと指摘し、試合後習志野の控室に怒鳴り込んだ事件がありました。これは高校野球で起きた事件ですが、NPBでも決して他人事ではなく過去よりサイン盗みは行われており、それが問題視されるようなことがありました。

本稿では、その過去にNPBで行われていたサイン盗みとその対策について、まとめていこうと思います。

1.NPBで起きていたサイン盗み

NPBでサイン盗みが横行し始めたのは、1960年代頃のようです。その手法としては、原理的にはアストロズと同様で、バックスクリーンやその付近から捕手のサインを双眼鏡で覗き、それを電話であったり旗を振ることでベンチに伝えるというものです。

スコアボード

詳細を説明すると、バックスクリーンの横、もしくは当時パネル式だったスコアボードの隙間に二人で並んで見て、まず片方が高倍率の双眼鏡で捕手のサインを覗き球種を特定します。ただ、サインを除くだけでは球種を特定することは出来ません。おそらくノートを使って記録を取ったり、またサインのキーを特定するコツを掴んでいた者がいて、そのような者が抜てきされたのでしょう。

そして、その情報をもう片方が電話や旗でベンチに伝えるという形で伝達していたようです。伝達された情報は、当然打者にも伝達する必要がありますが、それには様々な手法が行われました。一つは、掛け声を決めておく手法です。例えばカーブの時は、掛け声の最初に「さあ行くよ」と加えるなど、予め球種ごとに掛け声を決めておくことで、打者に伝達しました。その他には、電波で打者に伝達する手法もあったそうです。選手の体に受信機を付けておいて、そこに電波を通すことで打者に球種を知らせる手法のようで、広島や南海(現ソフトバンク)が盛んに行っていたとされています。

こう見ると、アストロズの行っていたサイン盗みの手法は、過去から行われていたものからデバイスが進化しただけで、根本的な伝達法は変わっていないようです。

上記のような手法によるサイン盗みが横行する中、中にはサイン盗みによる球種伝達を拒否した選手もいるそうです。それが長嶋茂雄や王貞治といった超一流どころなのですが、反応で打ったり癖や読みで球種を見抜ける真の一流にとっては、逆に自身を惑わす材料となって、むしろ打撃の邪魔となっていたのでしょう。ということは、この恩恵に預かっていたのは、おそらく一流未満の技量に乏しい選手たちだという推測が立ちます。

長嶋や王がサイン盗みによる球種伝達を拒否した背景には、サイン盗みによるデメリットも一つ要因として挙げられるように思います。それは伝達された球種と実際に投じられた球種が全く違うケースです。サイン盗みが横行すると、当然ですが各チーム対策を練ってきます。サインの複雑化もそうですが、試合途中でサインを入れ替えることもしばしば行われていたようです。そうとは知らず、伝達された球種情報を基に思いきり踏み込んで打ちに行くと、投じられたのはシュートで死球を食らうケースも出てきます。場合によっては選手生命を脅かしてしまいかねないため、超一流どころは自身の頭脳や五感を使って信頼できる情報を掴んでいったのでしょう。

2.取られた対策

このようにサイン盗みが横行する中で、少し1章内でも触れましたが、各チームで様々な対策が練られました。そんな中で編み出されたのが、乱数表です。乱数表とは何ぞやと思われる方も多いでしょうから、まずは乱数表の説明から行います。

乱数表2

乱数表

乱数表とは、一つ目の画像のような4×4の16マスないしは5×5の25マスの表のことを指し、1マスごとに球種を指定した数字が記されています。対象画像は球種が直接入力されていますが、実際は1~5の数字が記載されており、数字ごとに球種を事前に割り振っていたそうです。この表を基に、捕手が指4つと3つのサインを出すと、ストレートといった具合で球種が決定されるという形です。中には、各マスの隅に○や△などの記号を用いてコースの指定を行うケースや、1~5までではなく6~10までの数字を用いたりと、サインを複雑化するケースもありました。

そして上記のような紙を、二つ目の画像のように投手と捕手が各々のグローブに貼る形で、数字を確認できるような状態にしながらサイン交換を行いました。そして、この紙を1試合で何枚を貼り変えることで、サイン盗みを防ごうとしたわけです。

これにより、常に一定のサインではなくなるため、サイン盗みを防ぐことは出来ますが、別の部分で弊害を生んでしまうこととなってしまいます。それは試合時間の延長です。

投手と捕手はいちいち乱数表を確認しながらの投球となり、投球テンポが悪くなりますし、サインが徐々に複雑化していく中で、捕手がマウンドに行って確認するケースもあったことから、サイン交換の時間が非常に長くなってしまいました。また、内野手も乱数表をグローブに貼り、捕手のサインに従ってポジショニングを変えるなどの苦労もあったそうで、ただでさえややこしい野球がさらにややこしいものになってしまっていました。

このような事態が重く受け止められ、1984年に下田コミッショナーから「乱数表の使用禁止」が通達されたことで、乱数表の時代は終わりを迎えました。

その後はサイン盗みが話題に上がることは少なくなりましたが、1998年にダイエーのスパイ行為疑惑が持ち上がり、サイン盗み問題が再可燃することとなります。この件は特に証拠がなかったため、現場への処分はありませんでしたが、当時の川島コミッショナーから「試合中、外部からベンチへの情報伝達の禁止」が通達され、サイン盗みは正式に禁止されることとなりました。スパイ行為はもちろん、二塁走者やコーチによるサイン盗みも現在は禁止にあたり、コミッショナーよる制裁の対象となるそうです。

3.まとめ

①各球団によるスパイ行為によるサイン盗みの横行→②現場の対策として乱数表を用いられる→③試合時間の間延びが問題となり、乱数表の使用は禁止→④その後のダイエースパイ疑惑を受けて、コミッショナーよりスパイ行為の禁止通達がなされる

NPBにおけるサイン盗みの流れを簡単にまとめると、上記のようになります。

現在サイン盗みは禁止とされていますが、二塁走者が何となしにシグナルを打者に送ったりしているようなシーンは散見されるため、いまだに根絶はされていないように思います。さすがに昔のようなスパイ行為は、もう行われていないとは思いますが‥。

プロレベルであれば、球種とコースが分かればある程度は打てるでしょうし、何より生活が掛かっている中でサイン盗みに走る気持ちは理解できないことはありません、ただ、我々が見たいのは、打者とバッテリーが五感や頭脳を巡らせて配球を読み合いながらも超ハイレベルの技術がぶつかり合う、人間の頭脳と技術の結晶体です。

イチローが引退会見で放った「頭を使わなくてもできる野球」との一言。もしかするとデータ全盛の現代野球のみならず、このように禁止行為であるサイン盗みから得た伝達情報を基とし、投手の癖を見抜くなど自ら情報を得ようとしない選手たちにも向けられた言葉なのかもしれません。

参考

週刊ベースボール 昭和58年6月6日号 プロ野球スパイ作戦の実態
※下記リンクにて記事の一部分は読むことが出来ます

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