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なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか? 第3章 その3

なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか?

宝塚音楽学校がテレビで紹介されている映像を見ると、必ずといっていいほど紹介されているのが、この「生徒が廊下の端に添って直角に歩いていく」ようすです。
この場面だけをピックアップしてユニークに紹介されているので、見た人は「どうしてこんなおかしな歩き方をするの?」と不思議に感じるのも当然ですね。
しかし、この歩き方には深い理由があるのです。

宝塚音楽学校のこと

「なぜ直角に歩くのか」を説明する前に、宝塚音楽学校のことを少しお話しましょう。
宝塚音楽学校は2年制で、入学して1年目を予科生、2年目を本科生と呼びます。
入学の資格は中学卒業から高校卒業までですので、私のように中学卒業で入学した人と高校卒業で入学した人とでは同期生でも3歳の差があることになります。
現在は高校卒業までですが、私が入学したころは高校を卒業して1年を経た人でも受験することができました。
ですから私の同期生は4歳の年齢差があったのです。

宝塚の場合、音楽学校に1日でも早く入った人が上級生になります。
ほとんどの人が華麗な舞台に憧れてファン時代を過ごし、「今度は自分が!」と胸を膨らませて入学してきた15から18歳くらいの女の子たちです。
礼儀・作法などは身についていない人も大勢います。
入学して2年が過ぎ卒業をすると、その日の午後からは歌劇団生になるのですから、この音楽学校の間に礼儀・作法や、何よりも1番大切な「舞台」に立つための根本的な精神をしっかり学ぶのです。
それはだれに教えてもらうのかというと、予科生として一年間「修行」した本科生が今度は次の予科生に教えていくのです。

まずは宝塚歌劇団の父・小林一三氏の有名な遺訓「清く正しく美しく」の精神を叩き込まれるのですが、誤解してほしくないのは、理由もなく厳しいということではないということです。
何ごとにも意味があり、わけがあり、かつ合理的だからこそ美しい。
……ということが理解できるようになるのは随分と先のことでしたが。
普段からきちんとしていることが、その先の「舞台」の美しさに必ず通じるということが心底わかる日がくるのです。

「廊下直角」は危険回避システム

さて、なぜ下級生は廊下を直角に歩くのかという話に戻りましょう。

宝塚音楽学校の授業の科目は、バレエ、声楽、日本舞踊、演劇、ピアノ、体操、タップダンス、モダンダンスなどたくさんあります。
時間割は一般の学校と同じように1時間目がバレエ、2時間目が日本舞踊というようになっていて、休憩時間は10分間です。
その短い休憩の間にレオタードから浴衣に着替えたり、浴衣を脱いでたたんで次の声楽のレッスンのために教室を移動します。
本科生も予科生も全員があわてて次の授業のために廊下を急いで走るのですから、もしも階段で正面衝突でもしたら大変です。

そういう危険回避のためにできあがったのが「下級生は廊下を壁に沿って直角に歩く」というシステムなのです。

上級生があわてて廊下や階段の真ん中を走っていても絶対にぶつからないように、下級生は廊下の一番外側、つまり壁に添って歩きます。肩が壁にすれるように伝っていくと曲がり角では壁に突き当たりますから、直角に曲がって歩くことになるわけです。
そうすると自然に下級生はいつでもどこでも外側を歩くことになり、上級生が真ん中を歩くと絶対にぶつからないということになります。

音楽学校のときにこれを徹底してからだになじませることが必要です。
なぜなら、歌劇団に入団した初舞台生は、音楽学校のときとは比較にならないほどの人数の上級生とともに舞台に上がるわけですから。

トップスターが羽根をつけて歩くときは全員が壁にへばりつく

華やかな舞台の裏では、想像もつかないくらいに慌ただしく人や大道具が入り乱れています。
舞台の裏のホリゾントを全力で走ることもあります。
涼しい顔で袖に入った途端、大きなスカートをガバッと引っつかんで階段を2段抜かしで駆け上がったり、衣装を脱ぎながら奈落の階段を駆け下りたりすることも日常茶飯事です。

そんなときでも下級生がいつも外側を走り、上級生をいつでも「お先にどうぞ」とよけられるようにしていればけがも避けられます。
からだが資本の仕事ですから、こうしたちょっとしたところでのけがで舞台に穴をあけたりすることは許されないのです。
また舞台裏でドタバタしたり、キャーッなんていう声を出さなくてもすみます。

初舞台のころは、いつになったら堂々と真ん中を走れるんだろう、などと思ったりしたものですが、「いつから」ということはなく、何となく「いつの間にか」気がつくと私も真ん中を走っていました。

たいていの場合、スターになるにつれて衣装も豪華になっていきます。
その最たるものがトップスターがフィナーレで背負っている「羽根」です。この羽根を背負ったスターが袖を歩くときは、全員がよけて壁にくっついておかないと通れないのです。
娘役の大きなスカートも場所をとる衣装ですし、すれ違いざまに衣装を引っかけてしまったりすることも防げるのです。

テレビで下級生が壁に突き当たると直角に曲がって歩いていくところだけを見てしまうと、本当に滑稽かもしれませんが、こうしたきちんとした理由があるのです。
これが宝塚の魅力や精神にもつながっていくのです。

「なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか?」桐生のぼる著書より 
                         つづく・・・

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