空腹の状態で書いた物語⓵

『かこちゃんっていっつもなんか食べてるよねー。だからそんなに太ってるんだよ!』


これは、私が中学生の時に同級生から言われた言葉だ。

食べる事が好きだ。

うちの家族は、みんなとっても良く食べる。

お母さんの趣味は料理で、お父さんの趣味は釣りだ。

休日、お父さんは大きな魚を釣ってきて、お母さんがそれをおいしい料理に変えてくれる。わたしは休日の夜ごはんをいつも楽しみにしていた。

3人兄弟の末っ子として生まれた私は、いつも最後の1個じゃんけんに参加せずとも譲ってもらえていた。

母親に「あんたは、本当に優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんをもったね」とよく言われたものだ。

兄も姉もとても優しくて大好きだった。それは今も変わらない。

けれど、大きくなるにつれて私は他の家族と1つ違うことに気が付いた。

みんな、食べることが大好きで、みんな、たくさん食べるのに・・・

みんな、私と違って太らないのだ。

お兄ちゃんはいつもお茶碗いっぱいのご飯を2杯も食べるのに、背が高くスラっとしている。

お姉ちゃんは「デザートは別腹!」といって、夜ご飯後に大きなアイスをペロッと食べるのに、出かければみんなに注目されるくらいスタイル抜群だ。

お母さんも、お父さんも、たくさん食べるのに私のようにお腹は出ていない。

「お母さんも、中学生ぐらいのころはちょっとぽっちゃりしてたから大丈夫よ」

「やっぱ、中学生は成長期真っ只中だから、あたしもちょっと体重増えてたよ」

家族みんな、私に対して優しい言葉をかけてくれる。

けれども・・・家族にどんなに慰められたところで、同級生からの言葉が消えるわけではない。

中学2年生の夏、わたしは食べることが怖くなってしまった。



―――あれから、数年。

わたしは高校3年生になった。

季節は冬を迎え、私は友人たちと寒さに震えながら塾の帰り道を歩いている。

「かこちん、寒そう・・・」

そういう友人の鼻は、真っ赤だ。

「ねもちゃんも、鼻真っ赤だよ!!」

「ねもは、お肉があるから大丈夫!!ヒートテック、いや、ミートテックってやつよ!!」

大きな口で笑うねもちゃんは、確かにちょっぴりぽっちゃりさんだ。でも明るく元気な性格のため、みんなから好かれている。

「かこちんはさー、全然お肉ついてないから余計寒そうにみえるよー!ほんと、めっちゃ足ほっそいよねえ・・・ちゃんと食べてる?」

嫌味ではなく、本当に心配そうな顔で聞いてくるのは、普通体型のあっちゃんだ。ちょっぴり足が太い事がコンプレックスだという彼女は、ねもちゃんほどではないけれど、明るくよく笑うかわいい子だ。

「全然そんなことないよ!!ごはんも食べてるし!!この間なんて夜中にうっかり勉強しながらポテチ食べちゃったもん!!」

私は、震える身体をさすりながら笑ってこたえる。

「えー!!深夜にポテチ食べてるのに、そんな体型ずるいい!!」

ねもちゃんは、ちょっとすねたような顔をする。

「ほんと、食べても太らないって羨ましいよねえー、いいなあー、わたしもかこみたいな細い足になりたーい!」

あっちゃんも、羨ましそうな目でわたしの足を見ている。

わたしは二人の視線を、うまく笑って流せていただろうか。



「ただいま」

「あら、お帰りなさい。今日は思ったより早かったわね」

私が帰宅すると、お母さんがリビングの扉を開けた。

ふわっと良い匂いがする。これは、ハンバーグの香りだ。

「かこの、好きなハンバーグつくったの。ほら、まだ21時過ぎていないし、ちょっと食べない?」

恐る恐る聞いてくるお母さんに、私はイラっとしてついキツい口調になる。

「21時前って、もうあと10分で21時になるじゃん!!そんな時間に食べる訳ないでしょう?!ふざけないでよ!!」

勢いで思わず言ってしまった言葉に、ハッとしたときにはもう遅かった。お母さんはとても悲しそうな顔をしている。

「そうよねえ・・・。お肉が安かったから、ついね、作りすぎちゃって。ごめんね。明日のお弁当にいれるわね!」

「・・・・・お風呂入る」

私はいたたまれなくなって、逃げるように部屋に向かった。

部屋で制服を脱いでいる途中、自分のお腹からぐうっと間抜けな音が鳴る。

本当は、お腹がすいている。

けれど、だって、こんな夜に食べたら

また、太っちゃうかもしれないじゃん。

せっかく頑張って、やっとここまで瘦せたのに・・・

まだ、まだ足りない。まだ減らさないと。



なんとなく気まずさを払いきれなくて、結局お風呂から上がった後、すぐにまた部屋にこもってしまった。

時刻は0時を過ぎている。

「・・・・・・おなか、すいた」

昼にお弁当を食べて以来、まったく食べ物を口にしていない私の身体は限界をむかえていた。

明日も学校なので、はやく寝てしまいたいのにこの空腹が邪魔をする。

「ああ!!もうっ!!」

ベッドに入って1時間、7回目のお腹の音でついに私は部屋から出て、リビングへむかう。

お姉ちゃんもお兄ちゃんも、今日は大学の仲間と朝までカラオケだったかなんだかで、リビングには誰もいない。

ゆっくり、そろりそろりと向かった先は、冷蔵庫だ。

ガチャっと冷蔵庫の扉を開く。

そこには、おいしそうなハンバーグがお皿に5つのっていた。

思わず手が伸びそうになるのを慌てて止める。そうだ、これは明日のお弁当のおかずだ。ちょっとでも食べたらばれてしまう。

サラッとつまんでもバレなさそうな食材は、残念ながら見つけることが出来なかった。そうなると・・・やっぱり。

私は冷蔵庫の扉を閉めて、こんどはお菓子が入っている棚を開けた。

中から、スナック菓子の袋を1つ取り出す。

裏面に表記されているカロリーの数字は・・・・・・

見なかったことにしよう。

私は素早く部屋に戻ると、大急ぎて開封して、無我夢中でスナック菓子を口に運んだ。

大丈夫、だって、お昼以降なにも食べていないんだから、これくらい、一日の摂取カロリーを全然こえてないし、大丈夫、大丈夫

あっという間に空になった袋を、通学カバンに詰め込む。袋を捨てるのは、学校のゴミ箱でいい。

ようやく、空腹から解放された私は、罪悪感に襲われる前にベッドに滑り込んだ。



「おはよー!」

ねもちゃんが元気いっぱいの挨拶をしてくれた。

「おはよ・・・」

わたしは眠たい目をこすりながら返事をする。

「ねえ!聞いた?あっちゃん、間島くんに告白されたんだって!!」

かばっと身をのりだしてそう言ったねもちゃんは、少し興奮しているようで、ちょっと早口になっていた。

「・・・・・え?」

わたしは、先ほどの眠気が一気に冷めた。

「ね!!びっくりだよね!!間島くんってあっちゃんみたいな子がタイプだったんだねえー。前の彼女さんからして、てっきり細い子が好きなのかと思ったよー、かこちん、なんか聞いてない?間島くんと仲良いよね?!」

「・・・いやあ、聞いてないなあ。めっちゃビックリした!!」

「あ、かこちんも聞いてないの?なら、他の人も聞いてないだろうねえー。あんま接点なさそうな感じだったのに、マジで意外だわあ!!」

「・・・そうだね、なんも、接点なかったのに。ビックリだよ」

私はなんとか平常心を装い、ねもちゃんに返事をする。

「おはよー!今日も寒いね!」

そこに、張本人であるあっちゃんが来た。

「あー!!!あっちゃん!!ちょっと!!全然聞いてないよ!!ひどいじゃーん!!」

「えー・・・あー、えへっ。もうバレちゃったのかあ」

あっちゃんは少し照れ臭そうに笑う。

「かこちんも知らなかったみたいだし!!いつのまにそんな関係になってたのさー!!今日は事情聴取の日にするからねえ!!かこちんも、あっちゃん逃がさないように手伝ってよね!」

ねもちゃんが楽しそうに、あっちゃんの腕をぎゅっとつかんでいる。

「あ、うん、えっと、わたし、ちょっとトイレ行くね!!」

「あ、かこちんっ・・・」

あっちゃんが私に何か言おうとしていたが、私は気付かないフリをして、教室のドアを閉めた。



「俺さ、ほっそい子、好きなんだよねー。なんか守ってあげたくなる感じになる」

高校2年生の春、クラス替えをして最初の隣の席だったのが、間島祐樹(まじま ゆうき)だった。

「かこも、まあ、太ってはないけどさー。俺はもっと、なんていうの?華奢な女の子が好きなんだよねー」

わたしの事を、「かこ」と呼ぶ数少ない男友達は、いつの間にか私のなかで好きな人へと変わっていた。

「じゃあさ、わたしが、今より痩せたら・・・」

その先の言葉を言う前に、祐樹の顔は違う方を向いてしまった。

「あー、やっぱ、かなちゃん、細くて超かわいい」

私は思わず勇気の頭をバシッと音がするくらい叩く

「ばかっ!!変態っ!!」

「いってえっ!!なんだよ!!なに?もしかして嫉妬?大丈夫大丈夫、かこもかわいいよ、細くないけど」

祐樹からの『かわいい』という言葉だけで、わたしは天にも昇る気持ちになる。でも、今のままじゃダメなのだ。『かわいい』だけじゃダメなのだ。

一か月後、祐樹が細くてかわいいかなちゃんと付き合った時、わたしはお弁当の大きさを一回り小さくした。



「あっちゃんってさー、間島くんと全然接点なかったじゃん?なんで急にそんな関係になったの?」

「んー?ほら、いつも塾の帰りにさ、わたしコンビニで肉まん買って帰るんだよね。間島君、そこでバイトしてたの」

「えー?!マジで?知らなかった!!そっから仲良くなったの?」

「うん・・・ちょうど間島君があがる時間ぐらいにコンビニつくからさ、そこからちょっと話すようになった感じかなあ」

トイレでなんとか涙を抑える事ができ、ぼーっとした状態で教室の扉を開けようとしたとき、ふたりの会話が聞こえて思わず立ち止まる。

「間島君、推薦決まってるもんねえ。うちらみたいに塾とか行かなくていいのかあ・・・うらやまっ」

「そうなんだよね。でも、私が塾でわかんなかった所、教えてくれるんだよね。間島君って頭いいからさ」

「えー!!勉強も教えてもらってるの?やっさしいねえー!」

「うん・・・実は私の第一志望、間島君が行く大学だからさ。どうせなら一緒の大学行きたいじゃん?この間の休みの日はカフェで勉強しっかり教えてもらっちゃった!」

「あ、もう、あれね、デート済みなのね、確認作業としての告白か・・・はいはい、幸せ様ですね!!」

あっちゃんの顔は、ちょっぴり赤くなっている。

「なにドアの前で立ち止まっているの?」

上から声がする。振り向くと、そこには今一番会いたくない人がいた。

「ゆう、き」

「あー!!噂の間島氏!!!ちょっとこっちに来なさいよ!!」

祐樹に気付いたねもちゃんが、大きな声で手招きしている。

「あー、バレたのね、はいはい」

祐樹はちょっとめんどくさそうな顔をしながらも、否定することなくねもちゃんたちの方へ向かう。

「ちょっと!!あんたいつの間にあっちゃんに手を出してんのよ!!」

「手を出すって大げさな・・・いいじゃん、あきほ、フリーだったし」

『佐々木さん』から『あきほ』になっていることで、これは現実なんだと思い知らされる。

私は、その後、祐樹の顔も、あっちゃんの顔を一度もまともに見ることが出来ないまま放課後を迎えた。


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長くなったので、今日はここまでにします。

また明日更新します。

以上、星空夢歩くでした。

お腹空いた


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