パワーボム2024

道場での練習をして、妙な感慨深さに浸る。
自分の身体を6m40cmのリングという四角形の構造物に舞台に暴れ回る。
何度もマットに叩きつけられ、ロープに振られ、関節を極められながらも、妙な嬉しさに満たされる。

中学時代にはよく学校の廊下でプロレスごっこをしていた。
硬い床に叩きつけられる危険性も分からずに、ただ見様見真似でプロレスごっこに夢中になった。
よく血が出ていたり、打撲をしたり、とても危険だった。

次第に体育倉庫に忍び込んで、体育の授業で使用する走り高跳びのマットをこっそり出してはそこでプロレスごっこをするようになった。マットの柔らかさはプロレス技を相手にかける危険性を和らいでいたが、野球部の先輩にかけられたノーザンライトスープレックスで危ない落ち方をして、少し首を痛めた記憶がある。

高校に上がるとレスリング部があるというので入部したが、部員は誰もいなかった。
顧問の先生しかおらず、レスリングのマットもない。柔道部から借りた余った畳をトレーニング室の倉庫部屋に敷いて練習していた。次第に同級生の部員が二人入り、レスリングなのか、レスリングじゃないのかよく分からない練習をしていたが、高校に居場所を見つけられなかった友人二人が加入してくれたことによって、練習に身が入った。レスリングは上手くならなかったが、体力をつけるトレーニングはかなりしっかりしたもので、今の自分の下地になっている。弱小の部活動だからよく舐められたが、自分にとってインディペンデントで生きる原点だったように思う。

大学に入るとプロレス研究会に入った。一橋大学の小平キャンパスの2階にボロボロのマットを敷いて、受け身や技の練習をした。ロープワークの練習は出来ないが、人生で一番プロレスの動きに近い運動が出来てとても嬉しかった。

こうしてプロレスに想いを馳せ続け、今現在38歳なのにまだリングで練習が出来ている。
プロのレスラーとして観客の前で試合が出来ている。

私のカラダは着実に柔軟性が失われている。綺麗に弧を描けていたブリッジは度重なる姿勢の悪い状態での編集によるものもあってか、どんどん厳しいものになっている。体重も増えたことにより、スピードも遅くなった。

加齢に伴い失われていくこともあるが、同時に得られたこともある。それはパワーだ。
思えばパワーが欲しかった。チカラが欲しかった。
歳を重ねて手に入られるチカラとはどういうものか。

一つに権力がある。権力はチカラだろう。
でも権力にあまり興味がない。10年以上会社に勤めても出世らしい出世はなく、権力を与えられることも無縁だった。
チカラは欲しかったが、僕には与えられなかった。

与えられないチカラに見切りをつけて、自分で与えられるチカラを身に付けたいと思うようになっていた。
いつの間にか一心不乱にトレーニングをする日々が始まっていた。

原動力はなんだろう。コンプレックスなのか、なりたい自分になるためなのか。自分に権力が与えられなかったからなのか。
未だにそれが明確になんなのかは分からない。

それでも自分にチカラを感じたくて、いい歳になっても夢中に取り組めていた。
ラリアートでチャンピオンになることも出来た。太くなった腕と胸板は着実にチカラを感じさせるラリアートを僕に与えていた。

でも、まだやりたい技があった。
パワーボムだ。力の爆弾。力学的に考えても、人間を持ち上げ辛い体勢から持ち上げて、マットに叩きつけるこの技はまさに人間のパワーを感じさせる。
腕や背中のチカラだけではなく、持ち上げた際に自分自身を支える足腰も必要だ。つまり全身にチカラがなければ叶うことが出来ない技だ。
鉄の塊を振り回していた結果、カラダからエネルギーや自信が満ち溢れるようになっていた。
今度は人間を投げてみたい。

パワーボムは僕の願望だった。
チカラのない非力な少年だった僕が、屈強な男たちに魅入られて少しずつそのステージに近づいていった。
大仁田厚さんが、川田利明さんがパワーボムでピンフォールをとる光景に興奮した。

第1回G1クライマックスでは蝶野さんが武藤さんをパワーボムでピンフォール勝利した。三銃士時代の到来を告げるフィニッシュホールドはフェイバリットホールドではなかったパワーボムなのも実に意味深で、何度もあの映像を見返した。

パワーボムが描く軌道は反骨心を叩きつける感情とのリンクし、心の底から血湧き肉躍るサムシングがある。
強く、重く、壁になってきた人間に対して、力の限り持ち上げて、マットに叩きつけるという行為はなんとも愛おしい。

気づくと僕は道場で何度もパワーボムの練習をしていた。
持ち上げられなかったものが持ち上がることに快感と発見がある。
僕は叩きつけるとき、どんな感情を持ち合わせるのだろうか。
パワーボムでしか表現出来ない感情が自分の心の中にあるような気がしている。
なりたい者になるためなのだろうか。プロレスごっこでかけられなかった技だからだろうか。僕はパワーボムに何を乗せたいのだろう。

リングだろうと、リング外だろうと、パワーボムをかます精神で明日も頑張ろう。

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