#01 理想の教室の夢

2016年2月24日 水曜日


朝からなんだか騒がしい。

教室の窓は開いていて、白いカーテンがふわふわと風に揺られている。

そして、日ざしがやわらかくてまぶしい。


もち「ユメミー!あたし外国で語学教師になるからー!」

はるき「先生!ユメミに触れるのやめてください!」

担任「うるせ!お前をなでなでするぞ!」

はるき「もっとやめてください!穢れます!!じゃあユメミでいいです!」

私「!?」

ひかる「ユメ写真撮ろう〜」

あやさ「は〜、こんな長文覚えられないよ」




その日の朝教室に入ってきた担任は、「新しい担任」であったようだ。「知り合い」と言うにはよそよそしい、「友達」と言うには目上の人に対して失礼な、「お兄さん」にしては年が離れすぎている、「パパ」とも呼べない、中途半端な年齢の、まさに「先生」の肩書きがしっくる男性。

現実の世界では、ときどき私の相談や話をよく聞いてくれる、私にとっては人間として尊敬したい部分を持っている人だった。先生という役は、考えたこともなかったけれど、なるほど似合うものだなと妙に納得した。一方でなぜこの人がこんなところに?という驚きを隠せず、しばらくぽかんとしていた。

目が合っても尚ぽかんとしていた私を見て、しかし特に表情は変わらず、なんてことないような素振りで、私の頭を撫でてみせた。

大柄な人であるので、撫でているよりは鷲掴みにされているように見えたかもしれない。なぜ撫でられているのかは、やんわりとわかった。最近の私は心に穴が空いてしまっていたので、この担任の「なぐさめ」は、固まりきった私のこころをゆっくりと、時間をかけてあたたかく解していった。

この「担任」が、現実の世界で私にかけてくれた言葉とおなじくらいの温度を、頭の上に置いてある掌からも確かに感じたのだ。そのあたたかみが私の中でふと調和した。私は安心のあったかい涙をこぼしながら、かがんでこちらを見ている担任のシャツを見つめた。教室の友達が静かになり、みな一様にその様子を理解し、それでいいと見守ってくれているのが、空気で伝わってきた。嬉しかった。




そうしてあの喧騒だ。好きなようにおしゃべりが始まった。みんなとおしゃべり、写真を撮る、将来について話す、それらがとても楽しくて、私もついつい参加してしまう。

はい、もういいから静かに!と先生が声かけをしても一度では静まらない教室。先生は諦め半分、生徒の会話に付き合う。私も友達に腕をひかれ、結局彼女のインカメモードになっているiPhoneのフレームの中に収まろうとしているところだ。

教室の、廊下側上部の窓の辺りにある、薄型の大きなモニター。ひかるのiPhone6の自撮り画面が反映されている。

それを見ながら、周辺の男女数人で画面に収まって写真を撮って遊んだりした。ひかるはライトグレーのパーカーの上にブレザーを羽織っていて、それがとてもよく似合う。やわらかい髪の香りと温厚な話し方が私の五感をくすぐる。それでいて自分の言いたい意見はしっかり言おうとする。この姿勢は見習いたい部分だ。

もちはなんだか珍しく、かわいい小ぶりのヘアピンを前髪につけていた。珍しく、片手に参考書なんて持っている。本当にやろうとしているのだなと思った。変わることはとても大切なことだと、自分に言い聞かせるように彼女を応援した。私もやりたいことがまだある。人に話しかけるとき「おい」「なぁ」と呼びかける勇ましいところは変わりない。

はるきがまだ担任に噛み付いている。いつもの景色なのに飽きがこない。二人とも頭の回転が速いので、賢いやり取りが交わされる。聞いている方はけっこう楽しめるのだ。はるきは笑いながら戦える勇者だ。「こわいこと」を楽しめる才能がある。私は彼女のそういうところが好き。


時期が不明だが、テスト直前であるのと、商業研究の発表会も直前であるのがわかった。生徒は勉強に、発表文章の暗記にと慌てふためいていた。教室に入るまでは、私もずっと英文の発表原稿の暗記をしていた。まったく覚えられなくて、「夢であってほしい」と半べそをかきながら、夢の中で祈っていた。

もしかしたら、完璧な夢ではなくて、脳が起きている状態での妄想だったのかもしれない。レム睡眠、というものだったっけ。

担任の仕草や歩き方、冗談を言うときの友達の声の張り方、調子、私の名を呼ぶときの息遣い、隣の子のまばたきの仕方、女の子の制服のしわ、椅子をひく際に上がる音。風のやさしいぬるさ。光の屈折。

そういったものがリアルで、話すこともやっていることも風景もそのままであったため、夢だなんて微塵も思わなかった。

生徒達がいつもの調子で担任にじゃれはじめる。

「先生、また太った?」「せんせー、これやっぱ無理」

「お前らな、すぐに無理と言うんじゃないよ。まずは自分で一度よーく考えてみろ。あと太ってない。恰幅が良いですねって言え」

「先生〜」「せんせえ」「おーい」




その様子を笑いながら見届けたところで、目が覚めてしまった。

もっとみんなと一緒にいたいなぁ。あぁ、仕事に行かなくちゃ。

こんなにあたたかい気持ちで目覚めるなんて幸せすぎるので、もう休んでしまいたかった。

何かが変わっているのに、何も変わらない部分がどこかにある。

自分はどうだったか。

変わる必要、変わる意味がわからなくて何も手を出さずにいた自分。周りが変わっていくなら、変わらない自分がいてもいいじゃないか、いつかみんなが帰ってきたときに、安心できるような家になるのもいいじゃないか。

しかしちょっと退屈になってきたところだ。

夢の中でみんなに再会して、自分には支えてくれる人がいるのだと再確認をした。動けない訳じゃない、動こうと思えば動けるのだ。やりたいと思ったこと、やらなくてはいけないことを、自分もやっていこうと思った。

一人で戦う必要はない。私の良いところ、私の好きなところ、それらをはっきりと伝えてくれる人たち。自分でも分かっていない自分のこと。それを理解しようとしてくれている人たち。教えてくれる人たち。

あなたたちがいてくれるから、変わることは怖くない。

そう思えた夢だった。

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