ハローワークの桑奈良くん。
外はどうやら雪が降ってきたらしい。
駅常設のハローワークで働き始めて3年。
不満は特にないけれど、強いて言えば景色が全く見えないことだろうか。
炎天下や氷点下の中で働いている人にしたら、エアコンが効いた室内で1日過ごすことはうらやましいぐらいなのかもしれないが、何も見えない箱にすっぽり埋まっているようなこの感覚はいつまでたっても慣れない。
「すいません!紹介状、お願いします!」
ニコニコと話しかけてきたその人は目を丸くして、僕の方を見る。昼に食べたオムライスのケチャップでも付いていただろうか?でも、そんなこと聞けないしと彼女が持ってきた求人票を受け取る。
落ち着きなくソワソワとあちこちを見ているのがパソコン越しにわかった。この人、ここに来たのは初めてだな。いや多分、求職自体が久々なんじゃないだろうか。そして、まだ日数が浅い。じゃないとこんなに元気なわけが無い。
兎にも角にも紹介状だ。何度もチェックして、不備がないことを確認した。
「こちらがが紹介状になります。このままの状態で、封筒に入れていただければ大丈夫です。あと、履歴書、職務経歴書の他に添え文を付けられるといいと思います」
「添え文?」
知らなかったらしく、ものすごく不思議な顔になった。いい年のおばちゃんなのに、そんなことも知らないのかよと思う。
「添え文と言うのは、中に入っている書類の説明をする物になります。今回は履歴書と職務経歴書が入っていますので、そのことを紙に書くわけです」
「ふぅーん」
何がふぅーんだ。明らかに興味がなさそうだ。あのね、これは常識なの!ちゃんとやった方がいいの!心の中では拡声器を持った自分がいる。
「面倒臭いんですけど。どうしても入れないとダメですか?」
怒って言っているわけではなく、本当に心底面倒なんだという顔。それだけのことなのに、イラッとした。良かれと思って話しているのに、どうして、わかりましたって言わないんだ?ただやればいいことなのに、なぜ素直にやらない?
「あのですね、決まり事ではないので、絶対にやらなくてはいけないということではないんですよ。ただ、他の応募者の方が添え文を付けられていた場合、付いていない方が悪目立ちしてしまうんです」
ものすごく言葉を選んで、付ける方がいいと説明したつもりだったが、目の前の彼女はどういうわけか笑いを必死にこらえている。え?どこが?笑うところなんて1㎜もないだろ?何かおかしかったですか?と聞きたい。でも、それで気分を害して、クレームでも入れられたら、たまったもんじゃない。モヤモヤしていると
「そういうことなんですね。わかりました!添え文付けます!」
言い終わる前にバタバタと片付け始めた。わかるんだったら、最初からわかってくれよ。
「もう履歴書も職務経歴書もできているとのことでしたが、こちらで出している書き方のプリントもあるので、お持ちしましょうか?」
「はい!お願いします!」
ふんふん。素直でよろしい。準備しようと席を離れると、変に視線を感じた。さっきはキョロキョロだったが、今は明らかに僕を追っている。なんで?何かあった?心当たりがないから、より戸惑う。
「こちらがプリントになります。参考にしてください」
「ありがとうございます!」
と言いながら、次の目線は僕の手を見ている。結婚指輪が目に入った?しかし、どうも違う。見ているのは右手だ。指輪してない方ですけど。何?何かある?
「お世話になりました!ありがとうございました!」
元気よくお辞儀をすると、あっという間にいなくなってしまった。あの人、明らかに僕のこと笑ってたよね?気になり過ぎるんですけど。
「桑奈良くん、どうかした?」
上司の森戸さんだ。僕はいや…と言いかけたが
「今の求職者の方、僕を見て笑いをこらえたり、ずっと僕のことを目で追っていたり、ちょっと変だったんですよね」
彼女は吹き出した。そして、言いにくそうに
「桑奈良くんって、不思議くんだよ。私はその方の気持ちがわかるわ〜」
「僕にはわからないです」
「わかっちゃったら、不思議くんじゃないわよ」
解せない。どこがどう不思議くんなんだろうか。この職場で男は僕だけ。みんな優しくて、仕事面で助けられことも多い。
「桑奈良くんはそのままでいいのよ」
「嫌です」
「どうして?」
「だって、モヤモヤするし、ミスはしていないのに笑いこらえられるってなんか、おかしくないですか?」
「仕事を探すってさ、楽しいことばかりじゃないし」
森戸さんはため息をつく。
「でもね、そういう時に桑奈良くんみたいな人がいると安心するのよ」
ますますわからない。僕の何が安心につながるんだ。
「だって、カーディガンにご飯粒ついてるじゃない。緊張して、仕事を探しに来た人がご飯粒つけた桑奈良くんを見たら、あ、ご飯粒ついてる!ってなって、緊張を和らげることができる」
ま、ついていない方がいいけどねとニヤニヤされた。
「仕事を探すは非日常だから、救われる瞬間が多い方がいいのよ」
やっぱり全然わからないけれど、僕はこのままでいいのかなと思った。怒られてないし。とりあえず、カーディガンのご飯粒は取って、雪はどうなったかなと入口の向こうに目をやった。
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