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繋がりたいという欲求

「だから、そこに入っていくかどうか、それはあなた次第です」と二宮先生が言った。

「話すことが苦手でなかなか特定のコミュニティに入って行くことができません。先生の場合はどうされているのか、自ら進んで入って行くのか教えてください」という私の質問に対する回答だ。

先日の第5回Relight Committeeのテーマは「コミュニティ」だった。冒頭に、菊池さんの「今後自分のアクションを通じて、どんなコミュニティと繋がりたいのか、という観点で二宮先生の作品を観て下さい」という言葉があり、この日はそのことを意識しながら彼が映し出す世界を眺めていた。
二宮先生こと二宮圭一さんの「小さな肖像」は、NHKの報道番組の1コーナーで、カメラを持った二宮圭一が大分県の70歳以上のお年寄りに声をかけて話を聞く様子をそのままカメラに収めたものだ。何十年も続いているという。午前中に見ためぶき園を取材した映画とは違って、この番組はあくまで自分がやりたくてやっていることで、話を聞きたいと思って自分から声をかけている、とのことだった。それは、子供の頃から「世界がどのように動いているか知りたい」という強い欲求があり、アメリカから帰ってきた後、地元大分のお年寄りの話の中に知りたかった世界がある、お年寄りの人生が世界とつながっていることに気付いたからだ。声をかけて拒否されることも当然あるし傷つくけれど、自分がやりたくてやっていることだし、今でも全然飽きないのだ、という。

自分の場合、傷つく恐れをもってしても繋がりたいのは誰だろう?
まず思い浮かぶのは、大好きな恋人。ただ会いたい、繋がりたいという気持ちが私を突き動かしている。このRelight Committeeもそうだ。なぜだかよく分からないけれど、どうしても参加したかった。そんなつい体が動いてしまう衝動がなければ、繋がった相手との関係は希薄で短期的なものになってしまう気がする。
この日私が提出したアクション案でコミットする相手は「六本木で東日本大震災を体験した人」だった。その人たちの話を聞きたい気持ちは確かにある。でも、果たしてそれは体の奥底から込み上げてくるような強い欲求だろうか?アクション案に対して、菊池さんから「もっとちゃんと説明できるといいと思います」というフィードバックがあった。ちゃんと説明できない理由は自分でも分かっていた。それは、私自身にそれほどの強い想いが伴っていないからだ。六本木で震災を体験した人に取材して、そこそこ面白い展示ができたとしても、その人たちとの関わりはおそらくその場限りのものになるだろう。多くの人を巻き込むアクションにしたいという気持ちが先に立って、肝心の自分の欲求が曖昧なものになってしまっていた。

その日の講座終了後、はるさんがみんなに声をかけてくれた"部活動"があり、新宿の居酒屋でアクションについてのモヤモヤを語り合った。だいぶ後半になって、りっちゃんと日向くんが帰ってしまった後だったが、そこにいたはるさん、まさみさん、まっちゃんに思い切って、今までなかなか言えなかったことを話してみた。それは、ちょっと唐突だったかもしれないけれど、自分の身体から湧いてくる問題意識に関係することだった。
私は中学の時に特発性側弯症という病気になった。そして、それがずっとコンプレックスだった。特発性側弯症は女性に多い病気で、恋愛、結婚、出産の場面で皆悩んでいるはずだ。決定的な治療法はなく、世界中に軽度から重度まで様々な患者がいる。側弯症って知ってます?と聞いてみたところ、皆「知らない」とのこと。大人になってから側弯のことを話したのは、お付き合いをしている恋人と、体幹を鍛えるためにレッスンをお願いしているベリーダンスの先生以外では、ここがはじめてだった。私のドキドキに対して皆の反応は割とあっさりしていてちょっと拍子抜けしたけれど、ずっと秘密にしてきたことをなぜここで思わず話してしまったのか、帰ってきてから改めて問い直してみた。たぶん、恋人と同様に、Committee を信頼しているからだな、と思った。「身体」がテーマの第2回目の講座の時にはまだ言えなかったし、銭湯でもいつもの癖で皆から背中が見えにくいポジションで身体を洗った。何度も対話を重ねてきたからこそ、言えたのだ。

アートには、ネガティブに受け止められている事象をポジティブなものに変換する力があると思う。これがアートに惹かれる理由の一つだし、私がアクションとして実現したいことでもある。
その中で特に自分にしかできないこととして、2つあると思っている。1つは、環境破壊に代表されるような「都市インフラ構造」の否定的な側面をポジティブに変換すること、もう1つは「側弯症」(私の場合は生まれつきの片目弱視も関係している)で当事者が感じている自己否定感を自己肯定感に変換すること。

前者については、実はすでに仕事の中で動きがあり、もしかしたら必ずしもCommittee でアクションを起こす必要はないのかもしれない。
自分の所属している会社のグループ全体で、中堅社員を集めてこの5月から半年間、都市インフラ研究者の中村英夫先生の講義を受ける機会があった。講義の内容全てが面白いわけではなかったが、ワクワクするような議論もあった。例えば、ドイツのライプチヒの事例。無数の炭鉱跡(巨大な穴)から有害物質を除去して湖にし、一大湖水地方を作ってしまおうという市のプロジェクト。まだ進行中のプロジェクトだが、すでに水がすっかり綺麗になった湖があり、近所のおじいちゃんが自転車に乗って泳ぎに来て、「ここで毎日泳いでるけど、最高だねえ」などと話す、そんな日常が見られる。日本の建設コンサルタントもこれからはこういう取り組みをどんどん行政に提案していこう、そんな話に心が踊った。
ここには、こういう夢を実現したいという想像力を持った仲間がすでに存在している。そして、すでに私は彼らと繋がっている。一見アートと関係がないようなコミュニティではあるが、実はそこにもアートが存在していることを垣間見た。

ならば、もう1つの課題はどうだろうか?側弯症を持ちながら力強く生きている人と繋がって、恋愛、結婚、出産、日々の身体にまつわる様々なことを聞いたり話したりしてみたいな、と思う。でも、側弯を秘密にして生きてきたためにまだ繋がることができていない。今までも側弯を持っている人と出会う機会がないわけではなかったが、どうしても自分の側弯のことをさらけ出す気にはなれなかった。多様性を尊重するアートの力に気づいてようやく最近、ぽつぽつと話すことができるようになったのだった。

部活から帰ってきた後、なんとなくネットで「側弯 アート」と検索してみた。すると、ポップな可愛らしい背景に、側弯のレントゲン写真を持っている綺麗な女の子の写真が表示された。ん?これはなんだろう?と思いそのページに飛んでみると、その人が「らくだちゃん」という名前で「側弯症を明るく、真剣に話す場づくり」の活動をしていることが分かった。そこには、活動の一つとして「コンプレックスである体の歪みや奇形を「美しいもの」「個性あるもの」と前向きに捉えて、メルヘン・ポップな明るいポートレート」を撮っている、と書かれていた。今年の9月頃からはじめたばかりの活動のようだ。
正直、びっくりした。私の考えていることをすでに形にして行動に移している人がいる。この人はすでに社会彫刻家だな、と思った。こういう人がすでにいるならば、私があえて何か行動する必要はないのでは?という思いが一瞬よぎったが、そのページには「同じ側弯を持っている人と繋がりたい」と書いてあった。そして、「イメージにあう企業やファッションブランド、アーティストの方と共同制作をし、より多くの世代や年齢層に側弯症を認知してもら」いたい、とも。そして、当事者が集まれるお茶会企画が今週末、11月28日に新宿であるという。
ここで、二宮先生の言葉を思い出した。
「そこに入っていくかどうか、それはあなた次第です。」
結局、私はお茶会参加のメッセージを、半ば衝動的にらくだちゃんに送った。そして、翌日にはらくだちゃんから「活動に興味を持っていただき、ありがとうございます!」という返事があった。部活での告白からまだ数日しか経っていないというのに、目の前の扉がどんどん開いて行くような展開だ。これがアクションに繋がるかどうかは未知数だけれど、お茶会でどんな話ができるか楽しみで、なんだかワクワクしてきた。繋がった先に、いったい何があるのだろう。

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坂田 由美

Relight Committee 2017に参加しています。講座を通じて感じたことを書いていきます。2017年12月16日、乳がんの告知を受けました。
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