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ベーコン

貧乏を絵にかいたような大学生の頃
楽しみは、料理だった
贅沢な食材を買い求めることもできないなか
いかに工夫して巷で見たフルコースのメニューを
食卓に並べられるか夢中になった

彼も料理にはまっていった
いつしかアルバイトをコジャレたビストロに変え
皿洗いからのスタートだったが
根っからの明るさでサービスに回るようになり
最後は料理の一品まで任せられるようになった

何かの記念すべき日があれば
ただのテーブルに洗いざらしのシーツがかけられ
とっておきの花が一輪
ここだけちょっと贅沢をしたカラトリー
食材を一個単位で仕入れ
種類の少ない調理機器を駆使し
オードブルから始まりフルコースでもてなされる
最高に贅沢なひとときだった

いつまでも続くと信じていたモノも
いつかは終焉はやってくる
何が原因とは言えないが
必ず小さな予兆は日常の中に潜んでいて
その時はなんの気にもならないことが
振り返ると大事なターニングポイントだったことに
今更ながら気づくことがある

「最近はベーコンを巻かなくなったね」
そう言われたのは
彼と付き合いだして3年目
私は社会人1年生となり
初めのハードルを何とか越え
仕事が面白くなってきた頃だった

私はいつもベーコンを食材で欠かさない
安くどんと仕入れては大事に使えるよう
買うとひとつの作業に入る
一枚ラップに乗せてくるんと巻いて
次のベーコンとの間にラップを挟ませ
また海苔巻きのようにくるくる巻きながら
ひとつの塊に戻し
冷凍庫で保存をしておくのだ
こうしておくと、長期保存ができ
使うときはラップを軽く引っ張りながら
一枚一枚取り出して使うことができるのだ

実は、勤めだしてからは
時間に追われ、また取引先や上司との
毎晩の飲みも続き
すっかり料理も片手間になっていた

こころのどこかでは
安いなりにもサラリーをもらい
そうしなくても学生時代より
にわかに手にしたお金と
バブル真っ最中の社会人の日々に夢中になって
そんな面倒くさいこと、今更出来ないと思っていたのだろう
暮らしをはしょって生きていた

程なくして彼とは別れた
様々な原因はあったのだろうが
時間が経ち思い出もおぼろげになる中で
こころの刺となり、最期 残ったことは
あのころベーコンを巻かなくなった私の姿だった

それから、この作業は私のひとつのバロメーターとなっている
子育てに追われた頃
社会人に復帰して、1分単位の作業にも翻弄された頃
どんなに、心がささくれ立っても
ちゃんと冷凍庫にベーコンが巻かれて保存しておくように心がけた
暮らしを丁寧に守るということを
最後の最後で忘れないように
それだけは守るべき砦となって
それ以来、我が家の冷蔵庫には常備されている

今、娘が料理をするようになった
私が仕事で急に夕食を作れない時も
やはり、冷凍庫からベーコンを取り出して
自分好みの一品を作るようになった
大事な教えほど日常の中に存在し
それが日々続いている
「自分スタイルの『暮らし』をつくること」
息をするように自然に出来ていることを大切にすること
そう意識して初めて豊かな日常を過ごすことができる
「ハレ」の日ではない時間をゆっくり味わおう
人生の収穫期はもう始まっている

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