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水滴

寒さが増してくると、夜の長湯が何よりの楽しみ
時間を持て余し、羊の数も数え終わった
ふと思いつき、手を湯船ギリギリにつけて肘から引き上げてみた

全体に湿り気を帯びた手は
瞬く間に手のひらの水分を集め
指先にと集中させる
水滴はみるみるうちに指の先っぽで
逆さになった雪だるまのように丸く膨れて、今か今かと表面張力が弾けるのを待っている

水ってこんなに曲面なんだ

子供の頃から
表面張力を見るのが好きだった
母が作ってくれるカップいっぱいのホットミルク
雨上がりの蓮の葉に集まる露
フロントガラスに集まる雨の集団

新しく新調した服は水がかかっても服となじまず、びっくりするくらいコロコロと水滴となり転がってこぼれ落ちていく

大人になってもその様に目を奪われ
スローモーションのように時を止めて
じっと見入ってしまう自分がいる

指先の水滴は膨れたまんま
思いの外、湯船になかなか落ちようとしなかった

すぐに感情がはじけた昔と違って
ギリギリのところで
とどまる自分と重なる
知らず知らずのうちにフライングしながら駆け抜けていけるのは、若さゆえの特権だった

今では大抵丸く丸くはちきれそうになった感情もいつしか乾いた空気に吸い取られ、何事もなかったように時が過ぎていきいつもの日常へと戻っていく

それでも心のどこかで待っている
些細な事件が呼び水のように身近で起こり、隣の水滴も巻き込み
あっと言う間に表面張力が崩れる時を

水滴がもう自分を支えきれないと
不可抗力だと言わんばかりに
雪崩のように流れていく瞬間を

そうなったとしても結末は分かっている
指先から離れて行った水滴は
ただただ真っ逆さまに堕ちていくだけなのに

自分の情動を何処かで確かめたいと

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