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迷子の情熱大陸 2012

今日、迷子になった

気がつくと私はクリークの岸に足をつけながら、座ったまま寝落ちしたようだった。
右手にはかろうじて揃って置いてあるサンダル。
そして左手のどこかに引っかかっていたのだろう、じっとりと水につかった夏の帽子が水面に浮いていた。

一瞬ここがどこだか分からなかった。
次の瞬間 大きな歓声が地面の底から地響きのように湧き起こった。
「ああ、私 野外ライブに来てたんだ」
どうやら私はあまりの熱気と人の波に押され、酔いも相当回っていたのだろう、会場の傍らにある水辺に避難していたようだ。

景色は一変していた。
抜けるような青空と刺すような光はもうどこにも無かった。
空気の色が違うというのだろうか、どこまでも広がる芝生の上に広がる空間は、見事なほどに琥珀色に染められている。
時折り、気まぐれに吹く風は、夜のとばりの始まりを教えるかの如くひんやりと吹いた。

どうやらかなり眠っていたらしい、時計の針はもう5時を回っていた。
先ほどの歓声から興奮が収まる様子もなく大合唱がうねりとなって続いている。

さて、戻ろうかと思った瞬間私は途方にくれた。

「分からない」

自分が今どこにいて
どこに向かおうとしているのか全く検討がつかない。
目の前の群衆は、みな同じ表情で前のステージに向かっている。
もう一度身の回りを確かめると、片手にはサンダル、片手に帽子、ただこれだけ

「嘘・・・」

今日出会った仲間はほんの数時間前に
一人の友達を介して挨拶を交わした程度。
乾杯と何度も祝杯を挙げた割には名前も顔もうろ覚えだ。
もちろん携帯もなく、カバンもその場に置いたまま。
私はふらふらと、芝生の上をいいことに裸足のまま歩き出した。
どこまでも続く人の波、波、波

落ち着いて、落ち着いて
頼りは左右に設置されてあるスクリーンの位置、
うろおぼえながら、その角度と距離感で探すしかない。
人はますますクライマックスに向けて
スタンディングで熱狂している。
同じ太陽の光を浴びているうちに、すべての人が同じ顔になったように感じる。
まるで、砂漠の中を疾走するバッファローの群れの中にほおり出された気分になり、だんだんと焦りがつのり、違う意味の汗をかかせる。

その一方
何者にも縛られない
特定するもの一つ身につけていない今の状況が、少し自由で浮遊感があって
面白がっている自分がいる。
生身一つでサバンナにほおり出されたら人はひとたまりもなく食い殺されるのだろうな、そんなバカな考えが頭によぎる

探し出して30分は過ぎた。
酔いと暑さにやられた群衆は、一人違う動きをする私にもあまり気を払わない。地面を裸足で踏みしめるうち、何だか野生の感覚がどこからか蘇るのか
何の根拠もなく突き進む。

きっと、出会える
何だか匂いがする

そう思った瞬間、友の顔が目の前に飛び込んできた。
自分では、何度も歩いていたようなところだった。
「あら!おかえり~どこいってたの~」
のんびりした友の声、気がつけば1時間はたっていた。

あたりはすっかり夕焼けに彩られていた。
葉加瀬太郎がステージで情熱大陸を奏でる。
先ほどの焦りも忘れたかの如く、私もスタンディングオベーションで音に酔いしれる。
バッファローの群れの中に戻れた気分。
一瞬、私に違う世界にトリップさせてくれたような自分だけの小さな事件
おかげで、私のこの野外ライブは
アフリカの大地と繋がって記憶に仕舞い込まれた

私は懲りもせず、乾杯と片手を大きく上げグラスに残されたビールを一気に飲み干した。

「来年もいくぞ!情熱大陸♡」

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