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『その名を暴け』勇気がもらえるノンフィクション!温かい涙があふれたよ。

『その名を暴け― #MeToo に火をつけたジャーナリストたちの闘い―』
ジョディ・カンター/著 、ミーガン・トゥーイー/著 、古屋美登里/訳
★ 新潮社

勇気がもらえるノンフィクション!☆☆☆☆☆

最初は、読むのが怖かった。
(性暴力の被害者に共感しすぎて、つらくなるのでは?
 最悪、わたし自身の被害体験がフラッシュバックして、からだが拒絶反応を起こすかもしれない。)
だから感情と理性を極力切り離して読み始めた。
でも、心配はいらなかった。赤い表紙の『その名を暴け』は、世紀のスクープの軌跡 . . . だけれど「公正さ」に重きが置かれていて、抑制のきいた文章のどこにも扇情主義的な感じは見られなかった。わたしのようなサバイバーも読者に想定されているのか、地道な調査の詳細と取材によって明るみになった事実だけが淡々と綴られていた。それでも、ワインスタインがおぞましく卑劣なことは十分にわかったけれど。

ニューヨーク・タイムズ紙の記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの誠実でひたむきな姿勢に、少しずつ心を動かされ「沈黙」を破り始める被害者たち . . . 。初めは名前を伏せてオフレコで、やがては名前を公表してオンレコで。
原題の『SHE SAID』(彼女は語った)には、ひとりひとりが声をあげるという意味もあるのだろう。被害にあったそれぞれが、もうこれ以上誰一人も犠牲にしたくない――未来のため、妹たちのために声をあげたのだ。
いつしかわたしも、手に握りこぶしを作って息を深く吸っていた。

それにしても、ジョディとミーガンは、なんてすてきなコンビだろう! 刑事ドラマの「バディ」みたい。励ましあい補完しあいながら難しい取材を重ね、証拠を固めていく。その様子に胸が躍った。二人を支える編集者レベッカ・コルベット、協力を約束するグウィネス・パルトロー、アシュレイ・ジャッドなど女優や従業員たちもすばらしい。直接会えなくてもそれぞれが影響しあって、巨悪に立ち向かうひとつのチームを作っていたみたい。蜂球を作り自分たちの熱を集めて、天敵の大きなスズメバチを退治するミツバチを連想した。

本書には、トランプ大統領からかつて性的いやがらせを受けたクルークスとカバノー最高裁判事を訴えたフォード博士についても、詳しく書かれている。(ニュースなどで聞いていた話とはずいぶん印象が違った。二人にも拍手を送りたい。)

などなど、読みどころ満載の一冊。
とくに終章の「集まり」が大好きだ。それまでに登場した12人の女性たちが、グウィネス・パルトローの家に一堂に会す。ひとりひとりの来し方行く末を思って涙があふれる。とても温かい涙。みんなが会えてほんとうによかった。
「大事なのは、声をあげ続けること、恐れてはいけないということ」
わたしもまた背中を押された。
ロウィーナ・チウと同じ . . . 。
「変化を推し進めていくことに参加したい」と、心から思えるようになって. . . この感想文を書いている。わたしも、ようやく She Said.

+*+-+*+-+*+ 


ひどいPTSDを抱えているようなかたは、どうかご無理なさいませんように。
それ以外のすべてのみなさんに、お薦めします『その名を暴け』。
若い読者の中からは、ジョディやミーガンのようなジャーナリストを志す人がきっと出てくることでしょう。
―― 大事なのは、声をあげ続けること、恐れてはいけないということ。

+*+-+*+-+*+ 

追伸。
アルコール依存症の当事者として、気にかかったこと。

ハーヴェイ・ワインスタインの弟ボブ・ワインスタインについて書かれた章でも胸が痛んだ。AA(アルコホーリクス・アノニマス)の12ステップを実践していたボブは、ハーヴェイは性依存症で彼の病も「本人が変わりたい、止めたいと思わない限り、誰にも止めることはできない」と考えた。依存症は否認の病気だから、たしかに一理ある。だけど、病気を止めることと、病気が原因かもしれない犯罪行為を止めることは、違う。
ボブは、AAでよく唱えられる「平安の祈り」(一般には、ニーバーの祈り)を誤用してしまったように思う。

神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受けいれる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして二つのものを見分ける賢さを
God, grant me the SERENITY to accept the things I cannot change;
COURAGE to change the things I can;
and WISDOM to know the difference.

依存症という病気の回復につなげるのは無理だったとしても、ボブには、ビジネスパートナーとして、兄ハーヴェイの仕事上のパワハラや性犯罪を食い止めることはできたはずだ。それは、勇気があれば「変えられるもの」だった。
怪物みたいな人を家族に持ってしまった人のことまで責めるのは、酷かもしれない。でも、もっとはやくボブに勇気が与えられていたら、と仮定せずにいられない。
だけどもし、わたしがボブの立場だったら、兄の性暴力のことを誰に相談しただろう? 何ができただろうか? 
これからも . . . もしも明日、親しい人の加害に気がついたら? 家族や友人が加害者として訴えられたら? 反対に、訴えのほうが事実無根のでっちあげだった場合は? わたし自身が故意じゃなくても誰かを傷つけてしまうことだって、ないとは言えない。
その都度、最適解を見つけていけるように、日頃から想像しておきたい。


原書と日本語版 . . . SHE SAID『その名を暴け』
この本に関わってくれたすべての人に、幸多かれと祈ります。

“There isn't ever going to be an end. The point is that people have to continue always speaking up and not being afraid.”
― Laura Madden, She Said:

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