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銀座最古のキャバレー「白いばら」のラストイベントは、若者から70歳のおばあちゃんまで爆笑の「エロ落語会」だった

「今日は11月19日。みなさんなんの日かわかりますか? “いいイク”の日でございます」

高級感と妖艶さが交差するギラついた高座の上で、顔の油分多めに、落語家 立川志の春がニヤリと笑う。どうやら聴いてそのまま、下ネタらしい。客席が、期待通りの展開にドッと沸く。続けて、品性を欠く言葉の数々がたたみかけるように放たれ、笑い声を増幅していく。そこには、「品行方正(志の春談)」な立川志の輔一門のイメージも、落語が持つ知的な雰囲気もない。

それもそのはず。今日は年に一度の「シモハルの会」だ。「霜月」に「志の春」が、「下ネタ」だけを話す夜なのだ。本人が「ライフワークにしたい」と語っていたこの会は、「志の春よ、その道でいいのか!?」というファンの心配をよそに、2回目にして発売即完売の人気イベントに成長した。

しかし好事魔多し。たいへん残念なことに、のっぴきならない事情で次年度以降の開催予定は未定となってしまった。この会に不可欠だった要素が、1月の10日を最後にこの世からなくなってしまうからだ。

「シモハルの会」の扇の要であり、メインディッシュであり、第二の主役だったキャバレー「白いばら」は、間もなく閉店を迎える。

銀座最古のキャバレー「白いばら」

白いばらの歴史は旧い。創業は昭和6年(1931年)。今年で創業67年目となる、銀座最古のキャバレーだ。2フロアにまたがる大きな空間にところ狭しと並ぶレトロな赤ソファーを、ミラーボールが艶やかに照らす。

キャバレーなので、ステージがあり、生バンドの演奏があり、ショーがある。毎晩100名以上のフロアレディが出勤し、銀座の夜の社交を盛り上げてきた。全国から集まったフロアレディたちの名前は、出身地別に分けられ、「あなたの郷里の娘を呼んでやってください」という文句とともに、店の前に貼り出されている。インターネットのない時代、同郷の人と東京で会う感動はひとしおだったことだろう。最後まで更新が続けられたこの看板は、白いばらの売りであり、銀座の名物だった。

こうした代えのきかないサービス・空間に、銀座とは思えないリーズナブルな価格(セット8500円から)も相まって、今でも客足が絶えない白いばら。その閉店の理由は経営難などではなく施設の老朽化、それのみだという。

「この白いばらの長い歴史の中で、落語をやった落語家がふたりだけいるのだそうでございます。ひとりはわたし立川志の春で、もうひとりが『立川談志』なんだそうでございます。まったく知らずに予約をさせていただいたもんですから、私も本当にビックリしました」

落語家らしく、おもしろおかしく紹介したエピソードだったが、その事実からくるプレッシャーの大きさを隠し切れていないようにも見えた。大師匠と同じことを考えたのはもちろん嬉しかっただろうが、同時に半端なことはできないと思ったはずだ。

新しい「白いばら」が咲いた夜

この日の「艶目」は4つ。

志の春は「ついてきてもらえるか不安ですが、どうか眉ひそめと、苦笑いは禁止でお願いします」とはじめたが、「シモハルの会」と知って、しかも即完売のチケットを早々に抑えて来ている客をなめてはいけない。

20代のサラリーマン風の男性から70代の和服を着た女性までが、のっけから食い気味に笑う笑う。志の春は『ハイキング』、『嵐民弥』と(この日にしては)軽めの噺で様子をみたあと、昨年この場でネタおろしとなった艶噺『ウェディングベル』をおそるおそるといった様子でかけていく。通常の独演会でやったときは散々な結果だったというこのド下ネタも、この日の客なら問題なし。爆笑に次ぐ爆笑で、まだいける、まだまだいけるぞと、むしろ客席の方が、志の春のテンションを引っぱっていく。

客と志の春、双方今日はとことんまで付き合うと信頼関係が結べたところで「最後は、稽古のたび家人に眉をひそめられた、この日のために作った噺です。今日が最初で最後のご披露になるかと思います」とその名も『白いばら』がかけられた。

底抜けにくだらなく、それでいて人間くさい「らしい」新作でこの日一番の爆笑をさらった志の春。終演後「『白いばら』は濃い口過ぎて、二度とかけられない」と笑ったが、その名を付けておいて「これが最後」はさびし過ぎる。新しい『白いばら』がこの店以上の歴史を重ねたとき、本当の意味で恩返しが出来るのではないだろうか。

今年の11月、また違った場所でこの噺に花が咲くのを、楽しみに待ちたい。