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吉祥寺を吉祥寺たらしめるもの

夕方6時、ちょっと暗くなりかけた秋の入り口。一年ぶりに、吉祥寺の街を一人でぶらぶら歩いた。
吉祥寺は犬が多い。子供を連れた人も多い。おばあちゃんも多い。なにが違うんだろう、と思ったらスーツのサラリーマンが少ないんだな。

スニーカーに白いTシャツにスカートという、およそOLには似つかわしくない格好で、わたしは仕事終わりだった。

お気に入りのお店を覗き、はらドーナツをひとつ買って食べ歩いた。はらドーナツに並んでいる間に、大きなヤブ蚊にさされた。

ヤブ蚊の大きさが、吉祥寺サイズだと思った。井の頭公園が近いから、きっと豊かな環境でのびのび育ったんだろう、と思わせるような大きさで、刺されたところはかなり痒かった。

ちょっとだけ仕事をしたかったので、喫茶店に入る。店名に月という感じが入っていて、それだけがいいなと思ったお店。

中の様子が見えないドアを開けると、喫茶店というよりバーという雰囲気。お客さんは誰もいなく、外の温度と変わらないむっとした空気に、一瞬入る店間違えたかな、と思った。しかしマスターの方はわたしが座るとクーラーの温度を下げてくれるような気遣いを見せる方で、お客さんとしての居心地は悪くなかった。

こういう個人のお店に長くいるのは野暮な気がするから、キリのいいところでお店を出る。だらだらいることにならないので、今日はここにしてよかったと思った。

駅までの道を歩きながら、吉祥寺の街の親しみある雰囲気について考えていた。吉祥寺は、生活するのに、すべてがちょうどいい感じ。おしゃれなお店もあるけれど、地に足がついていて、手が届く範囲で済みそうなのが吉祥寺ぽい。ちょっとの工夫でちょっと豊かであざやかな暮らしができますよ、と街から言われている感じ。

この街に一番馴染むのは、子どもがいる家族だろうか、それとも昔から住んでいるおばあちゃんおじいちゃん、あとは飲む所には困らないだろうしちゃらんぽらんな大学生かもしれない。

考えてみたら大学生の頃、わざわざ吉祥寺に遊びにくるくらい、吉祥寺が好きだった。
今は仕事のついでに寄ったら楽しい程度で、用事がなければ来ることはない。正直中央線特急に乗って来るのは面倒な気がする。買い物はわざわざ吉祥寺でなくてもできるし、美味しいお店も近くにあるし、来る理由が見つけづらい。

でも、吉祥寺はいつ行っても吉祥寺ぽさであふれていることを再確認できて、私は満足した。そしてその吉祥寺らしさは、今のわたしにはときどきで充分なものらしい。

わたしには、なぜか定期的に見ておかないと、ひとりでぶらぶら歩いておかないと、気がすまない街がいくつかある。有楽町銀座、新宿三丁目、渋谷表参道、中目黒、自由が丘、恵比寿、上野、浅草、丸の内などなど。久しぶりに降り立った駅の変わっている所、変わらない所を目で見て、そこの街がちゃんと存在していることを確認する。

犬やねこのマーキングのようで、我ながら変なくせだけど、なぜそうしたくなるのか書いていてちょっとわかった。たぶん変わらない街のイメージをフィルターにして、自分の今の存在やポジションを確認したいからだ。変わらない街のイメージとの距離の違いは、今の自分を知る手がかりになるように思う。リトマス試験紙みたいな感じだ。

というわけで、考えたいことがあるのに、考えが進まないと思ったら、どこか場所を変えてみるのはおすすめかもしれない。

#コラム #エッセイ

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