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【本日の2分で完結】トトと数珠<2021年4月23日版>(観音様シリーズ)

昔な、手のほんにこまい子がおった。
よく言う、もみじのような手をしておった。
その頃はな、
10にもなればいっぱしの田のお手つだいもしたもんやけど、
その子は、上手くはできんやった。

名をトトと言った。
「わたしは、こんなに小さい手やから、稲も上手に束ねられへんし、仙波子機もうまく扱えん。」

事実トトの畑仕事も田んぼの仕事もあんまりようはできんやった。
「おまんは、役立たずやのぉ。できのわるいこや。」
父さんが言ったが、
そんなぁことはない。トトは、器用に織物を織った。それに目のほんまこまかい繊細な草鞋も作ったし、お台所のお仕事にもひらひらとよく働いた。
それでもそうかな、あんまりにもこまい子やから、
やっぱり、力がいるお仕事は他の子みたいにはできんだのかもしれん。

母さんもこの子はあんまりにも華奢やからと、
あれやこれやと心配をした。
「お嫁にいけるやろうか。」
「嫁先で家事をこなせるやろか。」
「畑仕事手伝えるやろか。」

すると、婆さんがこういったものじゃ。
「なんや、心配いらへん。心配は毒おくるって昔からいうんや。言霊ともいうんやろなぁ、心配はおきてほしゅうない事を言霊にしてそのまんま言ったことをトトに送ってるようなもんや。信じて見守ったれや。そうすりゃぁ、大丈夫やって言霊がトトにいく。」

トトのすむかやぶきの家には小さな観音様の像があった。トトの婆さんのまた婆さんが作ったそうな。良くなでられていたから艶がよくとても滑らな彫刻やった。
母さんは、毎朝毎晩観音様の像の塵芥を綺麗にしてから祈った。
「どうか、娘がこの先々もくいはぐれのうて
小さなことを恥じんと、とんと幸せでありますように。」
トトも、毎朝毎晩母さんの隣で祈った。
「わたしに出会う人の幸せが玉の数だけふえますように。
どんな姿のお人でもそのまんまの自分をきらわんと受け入れて暮らせますように。」
トトの手には、かわいらしい木目の数珠があった。
それはトトが作ったもんで、桜の木の枝をみつけてきては、数珠を作っとった。観音様に祈るように、

「わたしに出会う人の幸せが玉の数だけふえますように。
どんな姿のお人でもそのまんまの自分をきらわんと受け入れて暮らせますように。」

トトは心の中でそんな祈りを込めながら、丁寧にひとつひとつ小さな丸い玉にして、トトの手みたいに柔らかい雰囲気の数珠を作った。
白くて丸い玉はトトの小さな掌でころころとよくころがった。
トトは数珠にきれいな草木染にした紐を付けた。
「そんなもん作ってなにすんやぁ。はたけさぁ、手伝え。田んぼさぁ、手伝え。」
父さんはそう言ったけど婆さんと母さんは見守った。
「ええやん。綺麗な数珠や。トトはきれいなもんつくる。ひとつわたしももらおか。」
そういうて、白い桜の年輪が目にも心にもやさしい波模様がついた数珠をひとつ手にとった。数珠はトトの小さなやわい手を握ったみたいに母さんを優しいきもちにした。

あるとき、その数珠を腕に飾りのようにして母さんが京の都へと編んだ草鞋やら笠やらを売りに出た。
すると、ぱっと華やかな貴人と、連れの髪艶のいい童がとおりかかった。近づくと光耀するのは、黒々とした髪ばかり。お着物は上質な絹糸で織られていはしたが、萌黄色の落ち着いた風合いで煌びやかなものではなかった。それでもどうしてか、貴人は鮮やかなお着物でも羽織っているかのように白い光でまばゆいばかりだった。
 貴人は地面に広げられた風呂敷の前に近づくと声をかけた。
「もし、その数珠はどこで手にしはったんです?」
まるで天上から聞こえるか音のようにやさしい音色だった。母さんは貴人にしばらく見とれたが、思い出したように返事をした。
「これでございますか?」
母さんは、腕の数珠を目前にだした。
「さよです。それです。」
「これはうちの娘が作ったものでございます。」
貴人は、誰に見られることなく山の奥深くに咲く小花を愛でるように言った。
「とても素敵ですこと。いかなる宝石の数珠には飽いたので、その柔らかくかわいらしい数珠で手を合わせたいと思うんですが、譲ってはもらえませんか?」
そう言うと、お供の童が金糸で刺繍された小さな小銭入れを出した。
「めっそうもございません。お代は結構です。娘がお遊びに作っているものにございます。」
そう言いながら腕から数珠をはずし童に渡すと、童は手にしていたきれいな絹糸の小袋を敷物においた。
「これを観音の数珠として、ひさぐといいでしょう。」
貴人はそういうと会釈をして童と音もせんでそこを立ち去った。

茅葺の家に帰ると、母さんはその話をした。すると、父さんは言った。
「たまたまその人が気に入っただけや。そげなもの、売れるわけがない。木のはしくれや。」

「売れんでも売れてもどっちでもええで、トトが楽しいなら作るがええ。」

母さんが言うと、婆さんも頷いた。それを聞いたトトは静かに笑った。

それから、トトが10個数珠をつなぐ度にあの貴人が言ったように、母さんは笠やら足袋やらの隣に、あの数珠を並べた。
「笠でございます。草鞋でございます。観音数珠でございます。」

すると、驚いた、数珠は飛ぶようにうれた。
「あら、綺麗やな。おひとつください。」
「かわいらしいですなぁ。ひとつおくんなまし。」
「ちっこい玉やけど、まんまるとよう磨かれとる。えぇ光沢や。ひとつもらえんか。」
其のころ、京の都には新しい教えが広がっとって、なんでも念仏を唱えると極楽浄土に行けるそうな。
やわらかい風合いの数珠は、人々の手元をほわりと包んだ。
家は月日の分だけ徐々に豊かになって行った。
そうなると、父さんももう何も言わんくなった。

それから、何年も経ったある日のこと、突然トトは姿を見せんくなった。
どこを探してもおらんし、つくられかけの数珠が転がってるばかりで
トトがおらん。父さんも母さんも婆さんも近所や近くの里山までくまなく探したがどこにもおらん。3日経って泣き疲れた母さんの枕元に、あの貴人が現れ、まばゆい白い光を放ちながらこう話した。
「トトはこちらでみなに迎えられ称えられております。」
何日か経ったある日のこと、腕につけた数珠からトトの声がした。

京の都にも言霊のように方々で響いた。トトの声は、こんなやったか。小さな手から数珠の珠がこぼれおちたような声や。

「わたしに出会う人の幸せが玉の数だけふえますように。
どんな姿のお人でもそのまんまの自分をきらわんと受け入れて暮らせますように。」


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