やってみなけりゃわからない

「昨日のデートはどうだったのよ?」
「ダンさんね、並んで座って、太ももに手を置かれて、腰を抱かれて、ほっぺにちゅーされて、お手手つないで帰ってきた」
「えー、もったいない。
やっちゃえばよかったのに」


ひめちゃんとまりか、いつもの会話である。

「まりかは、ココロひらかずしてアシ開かずだもん」
「いやいや、やってみなけりゃわからないこと、あるって」
「そうかな」
「気遣いできる人かどうか」
「なるほど」
「性格も出るでしょ」
「たしかにね」


ひめちゃんの名誉のために言っておくが、ひめちゃんはだれにでもお股がゆるゆるなわけではない。
テレクラからコールセンター、デパ地下まで、長く接客業に携わる彼女の殿方を見る目は、なかなか手厳しい。
そして、的確だ。
人の気持ちに寄り添えるか、信用するに足る人か。
その上でなさるからこそ、その殿方がひめちゃんにしか見せない顔が見える、というわけだ。
なさったあとの評価が厳しいのも、もちろんだ。
そして、自分の行動に責任を取る。
殿方のせいにしないのだ。


「やってみると、おたがい飾らなくなる」
「そうだね」
「本音も見える」

たしかに、ひめちゃんの言うことにも、一理ある。
口説き方から誘い方。
手をどこにどう回すか。
キスの相性、脱がせ方は手慣れているか。
肌は合うか。
何より、まりかのココロとカラダを大切に扱ってくれるか、ピロートークでアタマも満たしてくれるか。
経験はもちろん、会話だけでは見えない持てるすべてを、文字どおりセックスは丸裸にしてくれる。
触れなくてはわからない部分もあるし、ソノときにしか見せない表情だってある。

でもやっぱり、まりかは殿方を見極める材料のひとつではなくて、見極めたあとに、おたがい愛を確かめ合う手段のひとつとして、体を重ねたいな。


「で、何している人?」
「W大学のひと学年上でね、メガバンクの国際部の営業職だって。
東京駅まで歩いて来られるところに住んでるって言ってた」
「やった、カネ持ちじゃん。
タダで都会の真ん中に住まわせてくれるじゃん!」
「いや、お金は生活できるくらい稼いでいればまりかはどっちでもいいけど、仕事が好きなんだなー、っていうことは伝わってきた」


まりかは、自分の仕事に誇りを持っている殿方が好きだ。
まりか自身がそうであるように、信念を持って仕事に向き合っていて、いつも仕事の向こう側にいる人や社会のことを考えられる殿方が好きだ。
その結果として、収入がついてくる、と思っている。
カネは、あるかないかより、生かしているかいないかの方が大切だと、シンクタンクでそれなりに稼いでいたのに、肝心なところで使えない最初の夫を思い出しながら思った。


「予約が取れなかったから、1時間くらい前にお店に行って席を確保して、まりかが着いたらちゃんとたちあがって出迎えてくれて。
これができない殿方、多いんだよね」


デートセッティングサービスは、お店待ち合わせだから、殿方のリードがどれだけ紳士的かをみることができる。
ダンさんは、おだやかでにこやかで、でもきっと、ここいちばんの決断ができない人だ。
24のころつき合っていた、旧財閥系商社に勤める彼女に結婚を迫られたけど、仕事が忙しくて曖昧にしているうちに、ほかの人と結婚しちゃったんだ、と、何度も話した。
「まりかさん、かわいいですね」と、同じくらい。

まりかの膝に手を伸ばしたついでに、両の乳房にも触れたけれども、ちろりとにらむと、「あっ、イヤがることは絶対にしませんから」と、繰り返した。
イヤがることをしてほしいことも、たまにはあるんだよ、と、教えてあげようか迷ったけど、やめておいた。
まりかはいまはまだ、イヤなものはイヤだったから。


「気配りも上手で、話もそこそこ楽しかったかな」
「いいじゃん、その人で決めちゃいなよ」

と、けしかけるひめちゃん、次の日の夜にまりかのために合コンセッティングしてくれているでしょ。

「そうねえ。そうだねえ」
「カネ持ちでエリートで、性格よければいうことなしじゃん」

そうなんだけど、と、まりかは思った。
紳士的で楽しくて、優しいのだけれども、何かこう、そうだ、混ざり合う感じがないのだ。
コウイチがいう、泥のような感じ。
セックスはもちろん、キスもしていないのに、ひとつになったようなあの感覚は、コウイチとでないと感じられないのかもしれない。

でも、コウイチはまりかの人生から消えてしまったのだ。
不幸ぶってコウイチの不在を嘆くような生き方を、まりかはしたくない。
いつだって幸せでいたい。
まりかには、幸せになる資格があるのだから。
そう、いつコウイチがまりかを見つけても、抱きしめたくなるまりかでいたいのだ。


「ひめちゃん、明日のセッティングありがとう。
ワインの彼、楽しみにしてるよ。
アプリも動いてきたしさ、この時期、楽しまなくちゃね」
「そうそう、楽しいこといっぱい!
まりか、コウイチに感謝だね」

そうなのだ。
コウイチはまりかの人生から姿を消したけれども、こんなにぴったり合う人が地球上にいるということを教えてくれた。
逆説的だけれども、彼がどこかで生きていると思えるから、別の殿方を探してみよう、と思えるのだ。


「じゃ、また明日ね。
お店待ち合わせで大丈夫?」
「うん。何着てゆこうかな」
「まりかはかわいいんだよ!
よかったら、やっちゃいなよ」

やれやれ。
さくらまりか、バツ2の51歳、いつだって戦闘体制だけれども、まだまだソノときは来そうもないのである。

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