3つの小さな嘘が支える小さな旅

「無理させちゃってるよね。大丈夫?」
「大丈夫だよ」


明日からタカシと小旅行だ。
晴れ男のタカシと、雨女のまりか。
これまで3度のデートは、タカシの3勝。
明日の雨予報はどうなるだろうか。


明日は、リモートワーク扱いなので、途中でちょいちょいオンラインで打ち合わせが入るらしい。
出勤しなくてもよいように、朝までにつくらなくてはならない書類を持ち帰っているらしい。
多感な年ごろの子どもたちには、出張ということにしてあるらしい。


「ていうかさ、少しくらい無理しないとね」
「ありがとう」


今回の旅はそもそも、まりかがひとり旅を計画していたものだ。
去年の秋から、父のショートステイをケアマネさんに予約してもらったり、娘にネコたちとワンコの留守番をお願いして、仕事を入れないように調整してきた。
年明けすぐにタカシとつき合うことになって、一緒にゆく? と、まりかから誘った。
前回の自宅でミートソースディナーといい、われながらなかなか大胆。

家のことも仕事も忙しい中、ふたつの小さな嘘の力を借りて、まりかのために時間をつくってくれている。
恋は、であることではなく、すること。
全力で恋することを遂行している彼の気持ちに、まりかはどうしたら愛を伝えることができるだろうか。
かくいうまりかも、留守番の娘には、ひとり旅としか伝えていない。
そう思いながら、さくら色のジェルネイルを塗った。


「お爪はさくら色にしました」
「食べられる?」
「もちろん。1本ずつ、ゆっくりしゃぶってね」


50代、仕事も家庭もプライベートも、いいこともそうでないこともたくさんのことがあって、マッチングアプリの神さまの采配で、ふたりはめぐり会うことができた。
タカシの頭髪は若いころとはすっかり姿を変えてしまったし、まりかの豊かな胸もつんとボリュームのあるヒップも、女性ホルモン減少と引力には勝てなかったことを物語っている。
でも、初めて電話するときは震えたし、彼の右ポケットにまりかの冷たい左手をお招きするには、冬である必要があったのだ。


3つの小さな嘘に支えられて、タカシとまりかは特別な2日間をすごすだろう。
駅で落ち合ってからの1分1秒をふたりで話し合い、手に手を取り、ときには唇を重ね、まりかは車中、タカシの肩に頭を預ける。
宿に着いたら、いくつか続くタカシのオンライン会議を、邪魔しないように遠くから眺め、働くタカシに惚れ惚れしながら、リュックに入れた中島らもを読むだろう。
家族風呂は、洗いっこする?


止まらないまりかの空想は、そろそろ眠剤を投入して強制終了させよう。
タカシはまだ仕事をしているだろうけれども、まりかはベッドに入ろう。
あの日、タカシがそっとまりかを横たわらせた、小さなベッドに。


旅はもう、はじまっている。

サポートしてくださった軍資金は、マッチングアプリ仲間の取材費、恋活のための遠征費、および恋活の武装費に使わせていただきます。 50歳、バツ2のまりかの恋、応援どうぞよろしくお願いいたします。