見出し画像

自問自答:香水編

何年も、何本も使っている香水がある。
ここ数年は幼子の世話のためにあまりつける機会がなかったが、そろそろ思うままに香りを楽しんでもいいかなと思うようになったので、久々に肌に乗せた。
自分自身や自分を取り巻く環境が大きく変化しても、心から大好きな香りであることに変わりはなく、とても安心した。


感染症で世の中が混乱に陥る以前の話である。
片田舎でSNSを眺めていた私は『六本木のホテルにある素敵な香水屋さんでは、質問に答えていくとぴったりの香りを選んでくれるらしい』との投稿を見かけた。
雰囲気のある写真の数々と、まったく新しいような香水の説明にすっかり心を奪われてしまい、後日バイト代を握りしめて高速バスに乗った。

そこは秘密の小部屋のようだった。
ガラス張りで店内が見えるようになっているので実際秘密でもなんでもないのだが、地元のスーパーとショッピングセンターをうろつくばかりで育った小娘は、ずらりと並ぶフラスコと、魔法使いのような出で立ちの店員さんにすっかり圧倒され、そして魅了されてしまった。

「ち、知人にお店を勧められて来たんですが、この香水ありますか」
緊張でカタコトになりながらスマホの画面を見せる。

上で見かけた香水を選んでくれるサービスは当時休止していたので、私は店員さんを拘束することなく自力でベストを見つけ、この訪問で何としても収穫を得て帰らなければならない、バス代と電車賃と時間を無駄にするわけにはいかない、と考えていた。
お店を訪れるまで、寝ても覚めてもどれにしようか考えて、一生懸命説明文と睨めっこして、自分の好きそうな香りを探した。

苦手な要素が見当たらないそれには、勇壮で不穏な名前が付けられていた。

「こちらに。どうぞ」
す、とフラスコを差し出され、香りを聞いた瞬間に、やっぱりこれだった、と思った。
黄色と、緑と、茶色の香り。
柑橘の果皮と樹木の内側をいつも想像する。

近しい香りもありますよ、と他の香水もフラスコを取ってもらったり、ムエットに出してもらったり、腕の内側に乗せてもらったりして一通り試したが、やはり当初の目当てにしていた香水がいちばんだと思った。
香水というものは自分のなりたいイメージに合わせて選び、服装や気分を近づけていくものだと思って疑わなかったけれど、その香りはあまりにも好きな要素ばかりだったのか、「わたし」という枠にぴったりとはまるような錯覚すら覚えた。
背伸びもせず等身大で、呼吸して香りを感じるたびに本来の自分自身に戻っていくような、かけがえのない香りがこちらだ。


自問自答ファッションに出会い、服やアクセサリーだけでなくメイクや香りも本当に使う好きなものだけ手元にあればいいな、と思うようになって、手持ちの香水の仕分けもはじめている。
この香りは、「なりたい」の要素も含む現コンセプトの言葉とは少しズレているけれど、改めて纏った今日、“静けさ”という共通点に気がついた。
肌寒い霧雨の日の早朝に映える森閑とした雰囲気、肌に乗せてもそれほど主張しない静粛な香り立ち、慌ただしく過ぎる毎日の中で擦り切れていく自分のかたちを取り戻そうと香りを吸い込むのは、コンセプトで求めた「なにものにも邪魔されず自分を愛したい」という願いに通じるものがないだろうか。

また、購入した当時はどちらかというとフェミニンな装いをよくしており、香水もそのイメージに合わせたものを使うことが多かったのだが、この香りは中性的、どちらかというと「かっこいい」寄りではないかな〜と思っている。
何年か経った今の自分が、その香りのイメージに近い装いを目指すようになったのは、自分の心があるべきところ、居心地の良いところに辿り着こうとしているということかもしれないな、とふと考えた。

新しいアイテムとの出会いも新鮮な驚きに満ちて楽しいけれど、手持ちのものの「好き」も突き詰めてみるとこんなにエモーショナルなんだなあとしみじみ思う。


※ちなみに初回で自分の直感に任せて香水を選んで大正解だったわけだけど、その後何回かフエギアに訪れてはいて、店員さんに普段と違った香りを選んでもらうびっくりの試着も面白かったし、調香師の面白エピソードを聞いたりするのも楽しいよね
フエギアに限らず子供がいるとちょっと行きづらいんだけど、洞窟みたいなGSIXもわくわくするし、麻布台の新しい店舗も行ってみたいなあ

※「香りがあまり主張しない」みたいなことを書いたけれど、個々人の肌や嗅覚によって感じ方は千差万別なので、そのあたりご承知おきください~

ありがとうございます。