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新婚旅行と写真

「はい、そこで手すりにもたれてポーズとって」

僕は妻になったばかりの聡実にカメラを向けた。

ここはハワイのマウイ島で、新婚旅行で昨日着いたばかりだ。2日目はがっつり観光スケジュールが入っているので、ワクワクが止まらない。マウイ島は昔から来たかった場所だ。今にも恐竜が現れそうな古代の面影をそのまま残した大自然は、僕の憧れだった。今日はよく晴れていて、ちょっと強めに吹いている風が汗をサラリとなでて気持ちいい。

新婚旅行の思い出を少しでも残しておこうと、僕は色々な場所で彼女と風景をカメラに収めた。山の展望台、カフェ、ホテルの中庭。特にカメラに詳しいわけではないが、持っているとなんだか一端の写真家になった気分で一層盛り上がる。

一方彼女はといえば、あまり写真を撮られるのは好きじゃないらしい。8つ歳下の彼女はまだ24だ。若いとき特有の美しさがあるっていうのに、本人は気づいていない。だけどきっと何年も経ってから、自分の若かりし日の姿が写真に残っていることを嬉しく思ってくれる日が来ることだろう。

「ちょっと頭が痛くて」

彼女は朝から不機嫌だ。鎮痛剤をもう2回も飲んでいる。強い風がさわるという。でも仕方ない。ハワイなんだから。彼女はちょっとだけ休憩して、せっかく来たのだから、と気を取り直して観光ツアーに参加した。

ハレアカラ国立公園は標高3055mという、ハワイでもっとも高い山がある公園だ。麓の方では牧場があったりしてのんびり羊や馬などを眺められたけど、頂上に行くにしたがって段々と霧が濃くなり視界が悪くなった。バスは火口付近まで行って、僕たちを下ろした。

同じバスツアーには、いろんな人たちが乗っていた。白人の老夫婦、子供連れの家族、そして僕たちみたいな日本人の新婚カップルがもう一組。バスが停車して順番に降りると、みんなあまりの寒さに自分の体を抱きしめた。おまけに風が強いと来ている。毛髪の底の地肌にまでビュオーと冷風を吹きかけられた。頂上には小1時間いたけれど、その半分の時間はたぶんトイレの行列に並んでいた。

バスに乗って中腹まで降りてくると、やっとみんなホッとした。バスは街を走り、ホテル近くの昼食が摂れる店が連なるショッピングモールで解散となった。観光客でにぎわうショッピングモールの一角にあるカフェで昼食を食べた。美味しい丸いパンに、肉やら野菜やらが色々挟んである大ぶりのサンドイッチと山盛りのポテト、それにコナのアイスコーヒー。外にあるテーブル席なので、おこぼれをもらいに鳩が足元にやってくる。僕がそれも写真に収めていると、聡実が少し笑った。ちょっと頭痛が良くなったようだ。昼食を食べ終わると、喧騒から離れたいという彼女はひとりで先にホテルの部屋に戻った。

「ホテルの裏側にね、誰も来ないひっそりとした入り口があったよ。素晴らしい花が生けられた花瓶とか美術品が飾られてて、お香の香りがして、なんだかそこだけ神聖な感じだった」

彼女はどうやらこのホテルでお気に入りの場所をみつけたようだった。彼女は人混みが苦手だ。けれど、そこに行くと気分がスーッと整って頭痛が和らぐという。僕が「せっかくハワイに来たのにそんな地味なところにわざわざ行くなんて」と言うと、彼女は困ったように笑った。


新婚旅行から帰ってきて数週間後、僕たちは僕の親友夫婦の家に遊びに行った。僕の自慢の写真たちを編集したので、そのお披露目会をするためだ。

みんなでテレビの前のソファに座り、出されたお茶とお菓子をいただきながら上映会の始まりだ。飛行機に乗る前、ホテルの部屋の様子、プールと中庭。展望台、カフェの鳩、海辺で見る夕暮れ。もちろんそのすべてに聡実がいる。僕は有頂天だった。友人とその奥さんも、口々によく撮れていると褒めそやしてくれた。

だが、横で微笑んで大人しく座っていた聡実が、突然「なにこれ!」と大声を出した。映し出されたのは、豪華なバスタブ に体を仰向けに横たえてうたた寝する聡実の姿だった。彼女が入浴中にちょっとうたた寝をしていて、その姿があまりにも白くてきれいだったので一枚撮ったものだった。僕にとっては最高の一枚だった。

「こんなの撮ったなんて聞いてない!それに私になんの断りもなく裸を人に見せるってどういうこと!?」

僕はあまりにもきれいだったからと弁明し、友人夫婦も芸術作品みたいだ、べつにいやらしい写真じゃないんだからと肩を持ってくれたが、彼女はよほどショックだったらしい。

「普通なら裸の写真を撮る前に一言いうべきじゃない!? 勝手に撮っておいて本人にも知らせずにいきなり人に見せるなんて。どうして私が人と一緒に自分のヌードを見なきゃならないの?
だいたい、旅行中だっていつも写真ばっかり撮ってて私の横にいなかったじゃない。私は同じものを見て喋ってただ楽しみたかったのに。カメラはいいからって言ったのに。私はあなたの離れたところからカメラを向けている姿しか覚えてない!」

彼女の鬱憤が一気に吐き出された。彼女は僕が写真を撮ることを理解してくれていたと思ったのに。彼女が旅行中ずっと不機嫌だったのは、頭痛じゃなくてカメラのせいだったのか? 僕の独りよがりだったのだろうか。


その数ヶ月後、彼女は出ていった。「きっとこの先も同じようなことが何度も起こると思う」というのが彼女の言い分だ。「一緒にいても、私とあなたは見ているものが違う」のだと。僕は必死に引き止めた。僕がダメなところは直すから、とも言った。でも無駄だった。「あなたはこれまでも変わらなかったし、これからも変われない」と言われた。
僕は今でも考える。本当に僕たちはあの後も分かり合えなかったのだろうかと。





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