今なら答えられるのに。

今なら答えられるのに、と思う事がある。

主に、子どもの頃や若い頃に答えに窮した質問について。

例えば初めて自分のお小遣いで買ったレコードは竹内まりやのシングルだった。

母から「どうして竹内まりやだったの?」と聞かれた。

多分、竹内まりややユーミンなど、思春期の入り口に聞きたくなるようなアーティストをチョイスしたので、母は私がどんな想いを持って、歌詞をどう解釈して、とか色々知りたかったのだろう。

しかし、ただなんとなく気に入ったから、としか答えようがなかった。本人にしてみれば、テレビで流れていて偶然いいなと思っただけ。

特に、竹内まりややユーミンがどんな存在だったかなんて、その頃はまだ知らなかった。

今なら、「ただこの曲のメロディーが好きだからで、それ以外の理由なんてないよ」と答えるだろう。

それから、福祉の仕事に就いた時のこと。
道で偶然会った同級生の男子に、何のためにその仕事を選んだのかと聞かれた。

特に、世のため人のためなどという高尚な考えでその仕事を選んだわけではない。
その頃は何もできない自分に自信がなくて、こんな自分でも何かの役に立てるなら、という感じの志望理由だった。

それで、この仕事は人のために動いているようで受け取るものが多いなと感じていたので、「自分のためかな」と答えた。

すると、質問した男子は「なんだ、結局は自分のためか」と捨て台詞を残して自転車で去って行った。

間違えてはいないけど、誤解されたようで、しかも蔑まれたようで悲しくて悔しかったのを覚えている。

今なら、「色んな人と接することができるし、受け取るものが多いからだよ」とサラッと答えられただろう。

要するに、口下手なのだ、昔から。

自分の思っている事が伝えられない。
逆に、ストレートに言い過ぎて誤解を生むこともある。
筋金入りの口下手だ。

だから今、世に出すまでに何度も修正することのできるライターの仕事をしているのだろう 

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