【新刊レビュー】あーとかうーしか言えない 1巻

とある「百合」をタイトルに冠したドラマの脚本家が、先行記事で「女性同士の恋愛を描くつもりは全くありませんでした」「女同士で手をつないでトイレに行くことの延長」などとコメントしていてざわつかせていますね。
この方のドラマ、中高生の頃けっこう好きで観てたんですが、あの頃斬新に見えていたものが今はこんなに古びてしまった切なさのような感覚…

(もちろんドラマ自体が面白いかどうかは記事のコメントだけではわからないので、そこはそれぞれでご判断いただきたく。)

同性愛的な表現をしながら、「同性愛とは違う」もっと「オリジナルな」「言葉のいらない」「多様性のある」関係なのだ、とのたまう制作者って、オリジナルどころかめちゃくちゃ既視感あるんですよ。「同性愛とかじゃないんですよ〜」と言いながらレズビアンっぽい表象を描くって、真っ正面から同性愛を描くよりもっとステレオタイプだよ!

そんな中百合人は、「百合」という言葉がさまざまな都合の良い使われ方をするようになった今だからこそ、しつこく「百合」という言葉を使っていきたいと思ったりします。

女が2人いて何をする

しかしこの件は、世の中の女性イメージの貧困さを実感させられるところでもあります。

今回ご紹介する漫画は『あーとかうーしか言えない』

(↑電子版で読めます)

女性2人が一緒にエロ漫画制作に邁進するストーリーです。エロ漫画という特異な現場ではありますが、より高みを目指し情熱を燃やす、正統派クリエイター漫画であり、お仕事漫画です。

世の中のさまざまな作品で、男のペアは、冒険したり、悪と戦ったり、仕事したり、スポーツしたり、自己表現したりしていますが、女のペアがやることといったら「手をつないでトイレに行くこと」らしいですね。

しかしこの作品では、成人漫画誌の新人編集部員タナカカツミと新人漫画家戸田セーコという女性2人が、「あの子一緒にトイレに行ってくれないかな」など考える暇もなく作品づくりに向き合っています。
まあこの2人が手つないでトイレ行くのも、それはそれで珍妙なかわいさがありそうですが(笑)

キャラが強い

なんといってもこの作品の魅力は2人のキャラの強さでしょう。

タナカさんが勤める「月刊X+C(エクスタシー)」編集部に、ある日持ち込みに来た戸田セーコ。タイトルの『あーとかうーしか言えない』はまさに彼女のことです。
本人いわく「しゃべれます。でも思いつくの、遅くて」。
最初に編集部にかけてきた電話でも「あー」と「うー」しか言葉を発さなかった彼女ですが、その電話を取り、少ないヒントから「上京して、漫画を持ち込みに来た?」と言い当てたのがタナカさんです。

タナカさんは、話すことは独創性のない常識的な言葉ばかりで、きっと本人も「自分はいたって凡人」とか思ってそうなのですが、絶対ちょっと変わった人です。
初対面で「あー」「うー」しか言わない戸田先生を即受け入れる度量がまずすごい。そして家にまで居候させ、飼い犬のような愛着が芽生えている始末。どんだけ心広いのか、単に変な人なのか。次第に戸田先生の「あー」「うー」を通訳まで出来るようになります。

しかし、このタナカさんの妙な度量の大きさは、ちらっとだけ描かれた「天涯孤独だった」、「学生の頃全然お金がなくて遊べなかった」という背景に何か秘密があるようにも思えます。
孤独を紛らわせてくれた漫画をこよなく愛し、しかし一般漫画が目指す「面白さ」とエロ漫画の目指す「実用性」の違いに戸惑っているタナカさんは、戸田先生の作品に出会い、俄然編集者として情熱を持つようになっていきます。

また戸田先生も、タナカさんに「どうしてエロを描こうと思ったのか」聞かれた時に蘇る情景は、原風景のようであり性的な傷つきや躓きをにおわせるところもあり、気になります。
別のシーンでは彼女の「あー」という声を、通りすがりの男に「エッロ。あえぎ声みたい」と評される回想もあり、エロとして消費される自己とエロ漫画を描くという表出がそこでつながり、『あーとかうーしか言えない』というタイトルにより深い意味が加えられるのかもしれません。

2人とも、まだまだ読者に明らかにされていない深みがありそうです。

関係性の濃さが熱い

男性向けのエロ漫画を題材にしている作品ですが、作中で主人公たちが無闇に女性性を消費されることもなく、熱いのにどこか冷静でさっぱりと爽やか。それでいて随所に強い痛みが走るようなところもあり、目が離せません。

何より主人公の2人が互いを唯一無二と感じている関係性の濃さは、現行の百合漫画や友情モノ漫画の中でもトップレベルの作品なのではないかと。

手つないで一緒にトイレに行くような百合に飽きた百合人は、手にとってみて損はない作品ではないでしょうか。

文・宇井彩野

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