グレタさん読書会

ー違和感 
気候変動だけではないー生物多様性、原因が電力などあまりに限定的ー肉の方が大きい、個人のコツコツ?→石油会社のワナ

地球サミット、SDGs 
FF F グレタ

アジェンダ21なのになぜ環境問題、地球温暖化だけ?
環境家計簿、本当に効果があるの?

ー上位1%
生物多様性、気候だけではない、グリーンウォッシュ
最も影響を受ける人々と地域(MAPA) p.305

ー問題 森林伐採、先住民
ー問題 バイオマス発電 
ー行動(全体)ー「何をしないか」(
もういい、と言おう。踏み止まれ、と言おう。(p.305)

ー人口の半分は排出していない、グローバルノースの問題  日本の企業「彼らも発展したい」日本の幸福度は?
ー行動(個人)

日本の幸福度 先進国という言い方

知らない、どうでもいい、怖い、無関心(ヴィーガンからすると毎日1億頭の牛が苦しみ痛みながら殺されていることを無視しているすべての肉食の人も同じだ)

私たちはこの経済圏では持続可能(サステナブル)に暮らすことはできない。グレタ p.302

ウータン・森と生活を考える会は先住民の「森を壊さないで」の声を受けて35年前に市民により設立。Fridays For Futureの気候正義への共感。
環境NGO(熱帯林/森林)及び国際協力NGOとしての活動で感じたこと。2012年地球サミット・リオ+20への参加
私が京都で市民団体/環境NPOで働いていたころの違和感。

生態系

「気候と生態環境(エコロジー)の危機は、人類がこれまで直面したなかでも最大の脅威だ」(グレタ・トゥーンベリ,p.2)

「かつてトナカイが放牧されていた山間部は、いまでは森が皆伐されて、風力発電所が立っている…古い植民地主義がただ姿を変えて…土地や言語、家族、信条を失った過去が、先住民をこのような目に遭わせている」(エリン・アンナ・ラッパ「サップミの冬」,p.174)

海の生態系と生物多様性は、気候変動によるものを含め、猛攻撃を受けている。沿岸の生態系の3分の1から半数は失われた。約33%の造礁サンゴ、サメ、海洋哺乳類に絶滅の恐れがある。(アヤナ・エリザベス・ジョンソン「海洋を記憶する」,p.344)

イギリスもかつて生態系は大型の動物によって支配されていた。ゾウ、サイ、カバ、ライオン、ホラアナハイエナなどである…巨型動物類を失っただけでなく…中型の動物…オオカミやオオヤマネコ、ヘラジカ、イノシシ、ビーバー、オジロワシ、ペリカン、ツル、コウノトリなどである。
いまや地球の陸地表面で「生態学的に手つかず」の状態にあると考えられるのは、わずか3% (再野生化,p.350)

システムチェンジ

私たちの社会が多くの意味で社会規範に支配されているという事実は、希望の大きな源泉だ。社会規範は変えられるからだ。本物の変化は本物の希望を生み出し、本物の希望は本物の変化を生む。…社会変化は私たちが共同して努力し、行動した結果なのだ。…自問しよう。変わる心づもりはあるのかと。…希望がないか探す代わりに、踏み出してその希望を自分たちでつくるのだ。(グレタ、p.354)

問題を解決するためには、そもそもエネルギー・システムに負担をかけないことが必要であり、これは要するに物質的消費にあまり頼らない暮らし方へ移行することを意味している。(グレン・ピーターズ,p.226)

気候変動が計算上の問題なのだとすれば問われているのは私たちのエネルギー源…それを正しく計算することが…唯一の希望(ビル・マッキベン,p.219)

私たちの資源の利用は、いまや年間1000億トン以上になり、すでに持続可能な最大げんどを2倍も超えている。(ジェイソン・ヒッケル,p.310)

種の絶滅や…食糧供給を危うくする表土の損失や、富栄養化による水質汚染、希少な淡水資源の過剰摂取などの問題となると、完全に食料生産が原因の大半を占める。…したがって…難題を大幅に改善するためには…食生活である。…最も影響力があるのは、群を抜いて圧倒的に、最も資源集約的な食品の消費を止めるか、激減させることだ。つまり牛肉である。ハンバーガー…10g…2〜10kgCO2eq…100〜600ℓの水…40〜80gの窒素肥料…4人から28人が必要とする代替のタンパク質が調達できることを示す。植物性の代替作物…牛肉を生産するために必要なわずか2〜12%…牛肉をプラントベース食品に置き換え…淡水域と沿岸海域の汚染が35%は減る…心血管疾患と脳卒中のリスクを大幅に減らす…全米で3億5000万トンCO2rqの排出量を削減…アメリカの家庭部門の90%以上(食生活を変える,ギドン・エシェル,p.341)

私たちにある解決策はいずれも、全面的かつ持続可能なもので、刻々と進む時間をしっかりと意識したものでなければならない。

2021年には、世界第2位の排出国であるアメリカの排出量に匹敵するほどの炭素が、世界各地の林野火災によって放出された。「パンデミックからの教訓」、p.379

グリーンウォッシュ
バイオマスエネルギーは広大な尺度でしか再生可能とは言えない。木が育つにはときには100年以上がかかり、皆伐されたあとで森が完全に回復するとしても、それには何世紀もかかる。森を人工林で置き換えれば、貴重な生物多様性と回復力が失われる。
バイオマスが再生可能のエネルギー源と見なされたことから、大規模な利用に火が付き、そこから森林減少と生物多様性の損失が加速している。
エネルギーを得るために木材を燃やせば、石炭を燃やした場合以上に多くのCO2を大気中に放出することになる。これらの排出量が私たちの国家統計から除外されているだけでなく、再生可能だと考えられている事実は、大惨事を招きかねない抜け穴となっている。(脱化石燃料のエネルギー源,p.229)

森林減少が温室効果ガスの排出に大きく関与し、年間およそCO2換算で13.2ギガトンを発生させていることは、世界的によく知られている。
木材を伐採し収穫すれば、土壌からCO2などが放出され、木々に固定されていた炭素も森林から失われる。管理・経営された森林の炭素貯蔵量は原生林のものと比べてかなり低く…木は収穫されなければ、何十年どころか何百年も炭素を隔離しつづける。
一方、バイオマス・エネルギーとして木材を燃やす場合、化石燃料よりもエネルギー単位当たりの排出量が多くなり、これらの排出分は森林を再生することでしか再び吸収することはできない。…バイオマス・エネルギーが気候変動の緩和策となるのは、森林が再生して、そもそもその森の木々が収穫されなければ隔離できたはずの量の炭素と同等のCO2が削減されてからのことなのだ。温帯や寒帯域では、元の均衡状態に戻るこの「パリティ時間」は数十年、場合によっては数百年かかるかもしれない。
木材は持続可能な制限のなかで、長期に利用される製品におもに使われるべきだ。…森林ないで再生されている材木の量によって制限されなければならない。…先進国ではむしろ資源の使用を減らす方向へ関心を向けるべきだ。
EUの法律では森林のバイオマス・エネルギーは、収穫量が再生分を上回らない限り再生可能と見なされ、本質的に「カーボンニュートラル」だとして扱われる。だが、バイオマス燃料は…製造工程で出た木くずで、他に用途のない場合に厳密に限って持続可能と考えるべきである。
…木材の収穫を減らすことで森林の炭素吸収源を守ることが、最適の戦略であるようだ。森林の炭素吸収源は現在、年間10.6GtCO2eqを隔離して、年間の総排出量の30%ほどの埋め合わせをしている。待機中の炭素を隔離するために現在、容易に手に入る大規模な戦略はこれだけなのである。回復力があり生物多様性に富む森は、手をつけないままにして、「橋渡し技術」として考えるべきだ。(カール=ハインツ・エルプ/ジモーネ・ギングリヒ「森林はどのように役立つのか?」,p.230-232)

現実には、温室効果ガスを今日、大気中に排出しないようにするほうが、明日それを除去するよりも常に安い。p.235

土地からの炭素の損失を防ぎ、保全、回復、および土地管理の改善を通じて炭素を土地に戻す手法である。やや楽観的な推計からは、そのような慣行によって2030年までに必要となる気候緩和策の3分の1がもたらされ、地球温暖化は2℃未満に安定させられることが示される。自然気候対策は、現在、化石燃料による汚染を相殺するうえで最も安価な方法であり、1トンのCO2を貯留する費用が約10ドルと見積もられることが多い。p.236
私たちは、森林や湿地の復元や植林、不耕起栽培などの自然気候対策を通じて、何十億トンもの炭素を土に戻すことができる。もっとプラントベース(植物性素材)の食生活に移行し、とくに牛・羊・豚肉などの赤身肉を食べる量を減らすことであり、世界人口の一部の人びとはさらに森林減少を食い止め、牛の飼育数(およびメタンの排出)も減らして、その他の生態系や利用法のために土地を残すようにする。

私たちは見事なまでに粉飾した会計処理や抜け穴、外部委託、それにグリーンウォッシュしたPR用の語り口を考案して、実際には何もやっていないのに、本当に行動がとられているかのように見せかけている。

オフセットはあまりにもしばしばCO2を排出しつづける言い訳として使われてきた。 グレタp.302

言葉は重要だ。そして言葉は私たちに不利になるように使われている。ちょうど、持続可能でない世界で、私たちがサステイナブルな選択をし、サステイナブルな暮らしを遅れるという考えのように…こういう説明はまやかしだ。

指導者たちは完璧を求めるあまり、それを善の敵にすべきでないと言う。しかし、「善」では私たちを安全に保てないばかりか、必要とされるものとは程遠く、喜劇のネタとしか言いようがないとき、私たちはいったい何をどうすればよいのだろうか。非常に辛辣なコメディではあっても、いったいどうすればよいのか?
…2050年までに実質ゼロを受け入れることは、気候正義にも、すでに起こっている累積的な危機にも、永久に見て見ぬふりをすることになる。

気候正義、衡平性
最近まで、私たちは行ないを変えなくても気候を変動から救うことは可能だと主張することができた。しかし、もはやこれは可能ではない。科学的証拠はきわめて明快だ。各国の指導者たちがこの問題をあまりにも長いあいだ放置したため、ライフスタイルや社会システム全体におよぶ大変化が避けられなくなったのである。
私たちの最優先課題は、残されている炭素予算を世界全体に公平かつ全面的な方法で配分するとともに、過去の莫大な負債も返済しなければならない。それはつまり、この危機に最も責任がある人々は即座に、抜本的に排出量を減らさなければならないということだ。…このことは、少なくとも世界の裕福な地域にいる私たちの社会にとっては、まるで新しい考え方を要求されるだろう。…私たち気候活動家は、気候を救うために何をすべきなのかと、よく人々から質問される。だが、その問い自体が間違っているのかもしれない。代わりに、私たちは何をやめるべきか問い始めるべきなのかもしれない。

グローバルノースは、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)を超えるすべての排出量の92%に責任を負う。かたやグローバルサウス(南の開発途上国)の国々の大半は、まだその限界(バウンダリー)内でそれ相応の排出枠の中に十分に収まっており、そのためこの機器には何ら関与していない。それでも損害の大多数をこうむっているのは南の国々なのだ。(ジェイソン・ヒッケル「脱成長」,p.310)

その結果、何世紀にもわたって、ほぼいずれも植民地主義の恩恵をこうむってきた、グローバルノースの富裕国における気候変動の認識と、大半が何らかの植民地支配を受けてきたグローバルサウスの認識のあいだには、途方もないずれが生じている。北側では、地球温暖化はおおむね技術、経済学、科学の視点から語られている。南側では、同じ現象は力や豊かさの格差という観点から捉えられており、それはいずれも植民地時代に築かれた地政学的な不衡平さにまでさかのぼれるものなのだ。(オミタブ・ゴシュ「認識のずれ」,p.315)

2030年までに地球加熱化を1.5℃以内に抑えながら、人類が衡平によい暮らしを送ろうとするならば、世界の10%を占める最富裕層の人びとは自分たちの消費による排出量を、彼らの2015年レベルのわずか10分の1にまで減らさなければならないという。その過程で、世界の50%の貧しい人びとが基本的な消費ニーズを満たす余地をつくるのである。

私たちは気候変動が世代ごとに異なった影響をおよぼすことと、最も影響を受ける地域で最も影響を受ける人びとに衡平であることの必要性に、光を当てようとしている。…数世紀にまたがる不正を認め、その埋め合わせをしなければならないのだ。(グレタ、p.355-358)

アメリカは地球全体の過去の総排出量の5分の1に責任があるが、サハラ以南のアフリカはその1%ほどしか排出していない。

コロンブスが到達したことから始まったヨーロッパ人によるアメリカ大陸の植民地化の時代には、同様の出来事が無数に生じた。この時代の始まりはときおり「大絶滅」(グレート・ダイイング)と呼ばれる。…これらの残虐行為は「ジェノサイド」や「民族浄化」という言葉を使わずには表現できないが、それを記す記念碑はほとんどない。その責任を負う国々はまだ自分たちの歴史の償いをしていない。どの国にせよ、そのような社会的・人種的不正義の原因と結果に向き合うことなく、自分たちが前に進むのを許せることが信じがたい(グレタ「正直、連帯、十全性、そして気候正義」、p.387)

私たちは北へ…向かった。ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがるこの土地はサーミ人の故郷であり…サップミには大量の鉄鉱石、銀、木材があった…私たちは彼らの言語、宗教、伝統、文化を、その暮らし方をすべて奪おうとしたのだ…20世紀になると水力発電が始まり…その後は材木会社がやってきて…鉱業会社がやってきた…今世紀には風力タービンが建てられ、サーミ人の先祖代々の土地がさらに切り崩されていった…この窃盗は今日も続いている…それでもなお、スウェーデンはどんな形でも自国をコロニアル・ネーション(植民地主義国)だとは考えていない。(グレタ「正直、連帯、十全性、そして気候正義」、p.388)

気候危機は私たちによって、グローバルノース(北の先進国)の国々によって生み出されたのだ。これは植民地主義の時代やそれ以前にまでさかのぼる、不平等の危機なのである。それを引き起こすことに最も加担しなかった人びとが、最も苦しむことになるのだ。そして、最も加担した人が、最も少なく苦しむ可能性が高いのだ。…究極的にはずっと大きな危機の一つの兆候…一部の人びとはその他の人びとよりも価値があって、そのためにほかの人びとの土地や自然の資源を搾取し、奪う権利があるという考えから生じる危機だ。(グレタ「正直、連帯、十全性、そして気候正義」、p.389)

排出量の上位10%は年間1人当たり約30トン排出しているが、一方で世界の貧しい半数の人びとの年間1人当たりの排出量は約1.5トンなのだ。別の言い方をすれば、世界じんこうの上位10%がすべての温室効果ガス排出量の50%ほどの責任を負っているのであり、世界の下位半数の人びとは全排出量の12%分にしか関与していないのである。(「脱炭素化には再配分が必要」,p.405)

今日の世界は、世界的な人種主義の帝国を経て建設された。1400年代に始まった歴史的に先例を見ない植民地主義の征服と、人種主義の奴隷制である。…過去の損害に本当に対処したいのであれば、その構造を変える必要があるだろう。…それは過去の不正義によって富と権限を得ていた人びとに、気候危機に対応して、地球上の私たちの暮らしを守るうえで、世界の重荷を応分に負担させるようになるだろう。

…最も多く奪われた人々に現金を支給する。ベーシックインカム
地域社会管理…

気候正義と人種的正義が世界を創造することならば、究極的に正義はデザイン・プロジェクトとなる。私たちは不公正なこの世界の再構築を試みているのだ。(気候の修復,p.410)


グリーンエコノミーの否定
富裕国は毎年、一人当たり平均で28トンの資源を消費する。これは持続可能なレベルの4倍以上であり、グローバルサウスの平均より何倍も高い。…要するに生態環境の危機は植民地支配的な路線に沿って展開しているのだ。

GDPは、化石燃料を再生可能エネルギーに換えれば排出から切り離すことができるし、これはすでに一部の国で実践されている。問題はその脱炭素が、高所得国の経済が現在の割合で成長しつづければ、パリ協定の目標を達成できるほど早く成し遂げられないことにある。さらに成長すれば、エネルギー需要はもっと高まり、エネルギー需要がさらに高まれば、十分に急速に排出量をゼロに減らすことがより難しくなり、おそらくは不可能になることを忘れてはならない。この証拠から考えれば、根本的に異なる手法をとるべきだと生体経済学者は訴える。最初の一歩は、高所得国にこれ以上の成長は必要ではないと気づくことだ。実際には、富裕国が現在使用しているよりずっと少ないエネルギーと資源で人間のニーズを高い水準で満たせることを私たちは知っている。鍵となるのは、資本を蓄積することではなく、むしろあまり必要でない生産形態を縮小し、人間の健全な暮らしを中心に経済を構成することだ。これは脱成長と呼ばれる。脱成長は、高所得国で資源やエネルギーの過剰利用を計画的に削減し、経済を公正で衡平な形で、再び生物界と均衡を保てるものに戻すことを呼びかけるものだ。
(ジェイソン・ヒッケル「脱成長」,p.310-311)

私たちは何もしていない



…これをうまくなし遂げれば、私たちの暮らしには身勝手で浅はかな過剰消費から得られるよりも、多くの意味が与えられるだろう。私たちはその代わりに、地域社会や連帯、愛情などのための時間や空間をもてるのだ。このことは決して、人類の発展における後退と考えるべきではない。その逆に、これは人類の進化に、そして人類の革命になるだろう。
…実効力のある政策は何一つ実施されていない。(グレタ・トゥーンベリ,p240-241)

地球全体からすれば、農業が今日の土地管理の主要な形態であり、その農業は地球の顔と機能を変えている。…人間と家畜がいまでは地球上の哺乳類のバイオマス(生物量)全体の大多数を占めるようになった。家禽のバイオマスは野鳥の3倍近くにもなる。
…いまでは氷で覆われていない地球の陸地表面の4分の3近くで、生産性の高い土地に限ればその大半で、人間による何らかの形態の土地利用がなされている。…家畜を育てるために使用されている総面積は…約3700㎢におよび、ブラジルの面積のおよそ4倍にも相当する。
…広大な原生林は熱帯と北半球の亜寒帯地方にしか残っていない
…アジアやアフリカを中心とした多くの国々で、今も栄養不良の蔓延やそれに伴う健康問題と闘う一方で、それ以外の国では国民の肥満問題にますます直面し、糖尿病やがんなどの病気の負担が増している。
…今日、農林業その他の土地利用(AFOLU)部門は、地球の人為的温室効果ガスの排出の20%の原因となっている。その大半は熱帯の森林減少によるCO2と、家畜や稲作からのメタンの放出、および家畜と施肥土壌からの窒素酸化物の放出である。
…大地を利用しないことで、大地を利用するのだ。…食生活を全体として健康的で衡平な形で動物タンパク質を摂取し、食品の無駄を削減する方向へ調整することなどだ。もっと多くの人がプラントベースの食生活を送り、食品の無駄を少なくすれば、大地にかかる圧力が減るだろう。それによって健康も気候も生物多様性も支えることになる。

アレクサンダー・ポップ「地球に残された人類の痕跡」,p.244-246


フードシステム(食料の生産から消費までの系)…はすべての温室効果ガス排出量のうち30%に責任があり、地球の陸地表面の40%を占め、少なくとも地球の淡水の70%を使い、生物多様性の損失と富栄養化による水質汚染を引き起こす主たる要因でもある。…個々の食品が環境におよぼす影響…プラントベース(植物性素材)食品は最も影響が少ない。乳製品、卵、家禽の肉と豚肉、大半の魚は、プラントベース食品に比べて5倍から20倍多くの影響…一部の魚と、牛、ヤギ、羊の肉は、プラントベース食品より20倍以上から100倍にもなる影響をおよぼす。
…新しい施肥管理体制や輪作を通じた食料の生産方法の改革や、食料の供給網で失われ無駄になる食品を減らすことなどが含まれる。生産された全食料の3分の1は消費されていないのだ。しかし、これらの戦略の多くが世界規模で急速に実施されても、プラントベースの食生活への移行が同時に起こらない限り、1.5℃の気候目標を達成する可能性は低いだろう。
…幸い、環境を改善するこの同じ変化の多くは人間の健康も改善する。
マイケル・クラーク「カロリー問題」,p.248


私たちは大気中から不活性の窒素を取り込み、エネルギー集約型製造業で肥料に変え、それから家畜の飼料となる作物を育て、最終的に人間が消費する動物性タンパク質を生産する。人工的に変換された大量の反応性窒素は、農場からの亜酸化窒素の放出という形で気候変動を促進し、その後、食品は複雑な国際貿易網を介して大陸を越えて運ばれ、最後は都市部の下水に流されて、内陸部の河川や沿岸部に入り込み、生物多様性や生態系の機能に害をおよぼしている。
生態学的に考え、数字を検討すると、フードシステムで脱炭素のために最大の効果を上げるのは、森林や泥炭地、マングローブ、湿地など、生物が多様で炭素に富む生態系をできる限り多く保全することだ。それとともに、私たちが害を与え、破壊した生態系を修復することである。
 実がなる木や多年草を植える(アグロフォレストリー)ほか、防風林、緑地帯、斜面や砂丘を安定させるための植林によってもバイオマスは増やすことができる。大半の場所で、低木や樹木が約20%を占めるようにすれば、生物多様性にとっても炭素の貯留にとっても素晴らしい便益がもたらされ、生産性には最低限の影響しかおよぼさない。 p.254

排出のカウント
世界的には、産業からの排出は、いわゆる領域ベースの排出量の会計技法を使っておもに測定される。領域ベースの排出量は特定の国のなかで生じる温室効果ガスの排出であり、それゆえにその国民の責任と考えられている。しかし、これでは資材や製品がいったんつくられたのち、世界中に運ばれるかもしれないという事実が考慮されていない。それによって、工業製品の炭素を高排出する生産過程と、(さほど炭素を排出しない)その消費を分離できることになってしまうのだ。ここ数十年に、先進国は工業生産を新興経済国に移転することで、自国の産業排出量を大々的に削減してきた。移転すれば先進国は自国の排出量削減目標を達成できるが、産業排出量を地球全体として減らすという責務には反した行為となる。 …先進国は増えつづける消費にたいする責任を逃れながら、気候行動を取っているように見せかけられるのだ。 …消費ベース排出量の観点では、最終的に消費される国に排出量の大半を割り当てる。消費ベース排出量の会計方法は、産業資材と製品の最終的な需要が世界に及ぼす全影響を説明するものなのだ。これは世界的な衡平性に向けた欠かせない一歩である。 (ジョン・バレット/アリス・ガーヴィー「産業界の排出量を解析する」,p.256)


危機を解決するための第一歩は、全体の状況を判断したり、即座に行動したりすることではない。危機を解決するための第一歩は、自分がその真っただ中にいると気づくことだ。…主たる問題は、私たちが気づいていないという事実に、気づいていないことなのだ。
それが意味するのは、私の国を含め、こう排出国に住む人びとは、この破壊をわざと起こしている、ということだろう。人びとは、自分たちの文明の存続を、私たちの知るような地球の生命を、故意に危機にさらしているのだ。人びとは、最も影響の受ける地域に暮らすきょうだいたちに、現在も未来にわたっても想像のつかないほどの苦しみを押しつけているのだ。…つまり、私たちは種としての人類の存続を究極的におびやかすことになる大量絶滅を、積極的に引き起こしていることになる。
つまり、こういうことだ。気候危機となると、私たちは皆、何かが間違っていることは知っている。私たちはただ、その何かが、正確には何かを知らないのだ。…正しい方法で伝えられてはいなかったのだ。…私たちにはシステム・チェンジが必要だからだ。私たちが最も優先すべき事項は、まだ人びとの目を覚まさせることに違いない。ひどく欠陥のあるシステムから、心地よい発展の物語を聴かされながら、人びとが再び眠りについてしまわないようにすることだ。…私たちにはまるで新しい考え方が必要なのだ。(グレタ・トゥーンベリp.278-280)

もちろん、私たちが地球を救うつもりであれば、国や産業や企業はこれまでの慣行を変える必要がある。だが、そのような分析には、それらの企業が売るものを買い、そのような政府を選んで政権を取らせた責任のある家庭や個人が抜けている。…地球の破壊へと結びついているのは、彼らの物質主義と大量消費主義なのだ。温室効果ガスの排出量の60%以上が、土地、物質、水利用の5分の4がとどのつまり、家庭の需要に起因しているのであり、最も裕福な人びとが最大の責任を負っている。
平均的なアメリカ人は平均的なフランス人の3倍は多くの排出責任を負っている。平均的なフランス人はバングラデシュにいる典型的な人の10倍は責任がある。
私たちの文化は便利さを重宝し、過剰を尊び、追いつけ追い越せを奨励し、自分たちのライフスタイルの本当のコストを隠している。最悪の結果を追わされるのが、人間以外の動物や今後の世代の人びとだという事実を顧みてないのだ。無駄が多すぎる。やたらに所有している。そして、配慮は少な過ぎる。
…資源利用と排出量という点では、何も買わないのが、ほぼいつでも何かを買うことに勝る。真新しいテスラ車に大枚をはたくより、いま所有している車を運転しつづけるほうがいいのだ。…私たちを大量絶滅や温暖化の大惨事にいたらしめ、この災害が実際に自然災害であるかのように振る舞い始めた経済イデオロギーにたいし、心底から疑念をもつ必要もある。(アニー・ラウリー「大量消費主義のツケ」p,281-282)
しかし、つい先ほど私は個々の人間が自分たちの暮らし方を改めたところで、検知できるほどの影響はないと、買いたばかりではないのか?主として責任を負うのは政府や企業なのだと?もちろんそうだ。しかし、家庭の行動はより広い行動のために欠かせない要素なのだ。人間は社会的な生物であり、人は友人や家族、隣人に具体的で重要な方法で影響をおよぼす。
消費者の嗜好は商慣行も変え、企業は市場に何を求めるべきか説得するとともに、市場の要求するものを提供しようと務めるようにもなる。そのうえ、個々の人びとが気候危機と闘うためにそれぞれ取り組み始めるようになれば、政府も同じことをやりやすくなる。…大量消費主義を否定し、地球の未来を考えながら投票する人びとは、もっと環境に配慮する政治家を政権の座に就かせるようになるだろう。あらゆるものが変化を必要としており、あらゆるものが変化しなければならない。そしてその変化は家庭から始まるのだ。

いま私たちは気候と生態環境の緊急事態にいる。解決策に欠かせない要素の一つは、私たち、世界中の人びとが消費の仕方を考え直し、変えることだ。…私たちは気候への影響について何ら理解しなくても済むように、ほぼ完全に守られているのだ。
マイク・バーナーズ=リー「いかに買うか(買わないか)」p.285

すべての炭素排出量の70%は、わずか100社から排出されているのだ。…厄介者を非難することができる。そして権力に真実を告げる…汚染源の企業とそれを可能にしている人びとに責任を問う共通の目的に向けて、ともに協力し合わなければならない。気候変動を優先する意欲のある政治家を応援し…そうではない政治家は落選させるのだ。p.373

システムチェンジ
私たちは、個人またはシステム全体を変えることに、重点的に取り組むべきなのだろうか。この質問への答えは、明らかにイエスだ。私たちは一方をなくしては、もう一方も変えられない。どちらも変化させる必要がある。気候危機の解決は個人に任せることはできないし、それを市場に任せるわけにもいかない。…社会全体を変える必要がある。(グレタ・トゥーンベリ,p.324)

個々の人びとと、個々の運動、個々の組織、個々のリーダー、個々の地域に個々の国が行動を始める必要があるのだ。

しかし、今日でも、私たちはこの混乱から抜け出す最も効果的な方法は、自分たちやほかの人々を教育することなのだと、私は固く信じている。グレタ、p.324

個人として私たちが自分の声と、何であれもっている手段を活用して活動家になり、周囲の人びとに事態の緊急性を伝えるべきだという意味だ。…現実には、気候と生態環境の危機の最悪の結果を避けるつもりであれば、私たちはもはや行動を選り好みすることはできない。できることは何でもやらなければならないのだ。そしてそのためにはすべての人を必要とするだろう。個人も政府も、企業も、その他考えうるどんな組織も協会も。p.327

こうした諸々の方法で、私たちの影響力の範囲は私的で個人的な選択から、ほかの人びとを説得し支援すること経て、組織化し変化を求めて人びとを動かし、最終的には社会を構成するシステムそのものと文化をつくり変える一環となる。…個人の行動はそれぞれ、社会変革を可能にするうえで欠くことのできない部品なのだ。(個人の行動、社会の変革、p.330)

☆本を読んで

ー買い物をやめる。(まず一呼吸おく)
ー修繕する。シェアする。手持ちのもので工夫する。
ー誰がどこでどう作ったか想像して買う。調べる(p.286)
ー中古品、古着を買う。中古市場へ出す。新品は長持ちして修理できるものを買う。
ー自転車に乗る。
ー肉と乳製品を減らす。食べ切る。カーボンフットプリントが高いもの、高エネルギー栽培、過剰包装を避ける。
ーごみを減らす(CO2排出の5%…メタン排出の20%,p.290)
*2.22kg/1day p.291、
ペットボトル,プラ製品を買わない(p.296)
*ごみの埋立地に世界のプラスティックの4分の1…太陽光にさらされるとメタンとエチレンが生成されてマイクロプラスチックに分解。*イギリス、アメリカ、日本、ドイツなどの国々は、自国の廃棄物を管理する能力を買いている…年間何千トンもの廃プラスチック類を東南アジアを中心に輸出している…リサイクルという口実をもとに。*プラスチックの99%は石油化学原料からつくられている…世界の石油最大手のサウジアラムコ、エクソンモービル、シェル、トタルは、プラスチックの需要は増えつづけるという仮定で、石油化学工場に何十億ドルという投資をしている…それでも、プラスチックは気候変動政策が国内レベルで議論されるときも、国際的な舞台でも、めったに話題に上がらない。…そもそも製造さえる量を大々的に削減することだ。(p.298)
再利用こそ、包装物が使用され、洗浄、再充填を経て再び使用される、本当の意味で閉じたループを私たちが保証する方法なのだ。

再利用の慣行は、世界各地のじつに多くの文化に何世代にもわたって組み込まれてきたが、企業が支配する世界がそのような伝統や、天然資源や水、エネルギーを使って生みだされた物に、私たちがいだいていた価値観を忘れさせたのだ。私たちの使い捨て社会は理に適っていない。パラダイムシフト(社会の価値観の根底的な大変化)が必要だ。(p.299)

ーすべてのメッセージに気づき、批判的に評価する(p.286)

ー1週間の労働時間を短くし、必要な仕事をより均等に分かち合えば良いのだ。…公共サービスを拡充して…一方で所得と財産に累進税を課して不平等を大幅に減らす必要がある。(p.312)

周囲の人びととつながること
身体をよく動かすこと
生物界に目を向けること
新しい技能を学こと
それを他者に与えること

ガラクタを始末する。電子製品は少なくとも7年間は手元におこう。
休暇は近場で過ごす。短距離のフライト利用は3年に1度だけにしよう。
畑の作物を食べる。プラントベースの食生活を始め、無駄なく食べよう。
古着を着る。新しい衣服は年間多くても3枚にしよう。
旅は簡素にする。自家用車は、できれば使わないようにしよう。
システムを変える。行動してそっと後押しし、システムをより広く変えよう。

「1.5度上昇のライフスタイルに向けて」p.335

気候行動をよりソーシャル(社会的)でシンプル(簡単)、サポーティブ(支援)なものにし、ストーリー(物語)とシグナル(信号)を含めることだ。

…気候の行動へ移すことがこれほど難しい理由
心理的に距離を置く…遠くの出来事だと思う
運命だと思う
認知的な不協和…自己正当化するよう誘発
否定…不都合な事実は聞かなかったかのように暮らしつづけられるようにする考え方
アイデンティティの壁…自意識や自由、価値観を脅かす

再野生化(リワイルディング)…地球の生態系を大規模に修復する。生物系の復元はより確かで費用も安く、どの技術的な代替案よりも、その実施に当たっての損害が少ない方法なのである。それによって私たちの2種類の生存の危機、つまり気候の崩壊と生態環境の崩壊に同時に取り組めるようになる。…アフリカやアジアのマルミミゾウやサイ、ブラジルのバクは自然界の森林官であり、木々の種を飲み込み、ときには何kmも離れた場所まで糞として散布しながら、自分たちの生息域を維持、拡大する。オオカミが北米で野生の個体群をなすまでに増えることができれば、草食動物の個体数を抑制することで、3000〜7000万台の車が排出するのに匹敵する炭素を貯留することになる…(再野生化、p.350)

私たちのミッションの大きさと、行動するために残された時間を考えれば、正直に言えば、メディア以外に、私たちのグローバル社会に必要な変革をもたらす機会が残されている存在はない。…この問題でニュースはもちきりにしなければならないのだ。(グレタ、p.359)
メディアは私たちの地球を破壊するシステムを存続させる原動力なのである。(メディアが語る切り口を変える,p.369)
分断、絶望、関心を逸らす…気候変動を解決するうえで個人の役割を重視することが産業によって入念に画策されていた。…すべての炭素排出量の70%は、わずか100社から排出されているのだ。p.373

大衆の力、つまり非暴力の、または市民の抵抗運動とも呼ばれてきたものは、さまざまな人びとが変化を求めてきたきわめて有効な手法の一つだ。…この運動は、参加者を大幅に拡大する必要があるのだ。…ある推計では、「3.5%ルール」を用いる。…大衆の3.5%を動員して大規模なデモに参加させたのちは失敗した事例がない、という歴史的な観察
…すべての人の行動を変えるうえで決定的な転換点は、熱心な少数派が25%
に達したとき(大衆の力、p.364)

エネルギーの自給…もっと地方分権的で多様な所有構造に変える…グリーン・エネルギー生協、市営エネルギー、地域所有のマイクログリッド等々…エネルギー民主主義(ナオミ・クライン「公正な移行」,p.391)

「グリーン・ジョブ」とは何かを、もう一度考え直すことも求めている。…無駄の多い消費や危険な採掘を奨励することで成り立つ仕事への依存を減らせば、私たちはもっと介護や保育部門の仕事に投資して、それらの仕事が確実に生活賃金を支払えるものにできる。…ケアワークは気候の仕事…女性の労働が完全に価値を認められ、評価されるようにするための一助となるだろう。(ナオミ・クライン「公正な移行」,p.392)

化石燃料への補助金をやめて交付先を変え、富裕者への税金を上げ、警察・警備、刑務所、戦争への支出を減らし、タックスヘイブン(租税回避地)を閉鎖すればよいのである。「汚染者が支払う」…単純な考えにもとづいている。…この原則には、企業や裕福な個人だけでなく、グローバルノース(北の先進国)の各国も含まれる。私たちは200年にわたって大気中に炭素を送り込んできたのであり、この危機を生みだすうえでは最もかかわってきたのだ。一方、気候変動の影響を最も受けている国々の多くは、その原因には最も関与してこなかった。

汚染をなくすにつれ、私たちは公平になれねばならないのである。それだけではない。汚染をなくすにつれ、私たちの国の建国時の罪も是正し始めなければならない。土地の強奪、ジェノサイド、奴隷制、帝国主義。そう、最も辛いことだ。…私たちはぐずぐずして、正義と賠償の最も基本的な要求を遅らせてきたのだ。
(ナオミ・クライン「公正な移行」,p.393)

エネルギー民主主義、前線ファースト(先住民の集団は土地の所有権を組織的に踏みにじられてきたが、彼らの伝統的な環境の知識体系は、現在の環境破壊の慣行にたいする生きた代替案を提供している。彼らはまた、機構危機への対応の一環として、先祖代々の土地をもっと広く取り戻すことも要求している)、


p.303誤字 p.330こと経て


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