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考えたことがなかったこと

noteの街にたどり着いて約1年半、本格的に住み始めてそろそろ1年。自分勝手に参加してるので、ストレスはあまり感じない。でも、こんな自分のnoteをどうしたい、こうしたいってことは、時々考えていて、方針は固定記事に貼ったり、折々に書いている。
だけど、noteをいつまで続けるとか、書けないとき・スランプになった時にどういう風に対処する、とか全く考えたことがないことに気がついた。かっちーさん、池さん、先を行く人達は考えることが違うな~って感心して、新しい視点がまた1つ増えた。これも気づきなので、自分の視点を書いてみる


いつまで続ける?自分の興味関心が続く限り。期限は特に設けないけれど、何か書きたい欲がある間は記事の投稿は続けたい。読者とかフォロワーがいなくなっても、自分が書きたい間は書いて投稿する。どっちにしろ自己満足でしかないけど、自分の思考を言葉にして紡いで文章にすることが好きだから。自分が担当する利用者さんの中には、日記とか雑文を綴っている方々がいる。ウェブに載せたりキーボードで打たなくても、日々の記録や雑感を綴っていくことは、年齢関係なくできること。多分、自分もずっと続ける気がするし、パソコンのキーボードで打ち込むことが、今一番手軽でやりやすいので、noteに何か残すことは、一生に近いくらいの趣味になると思う。


読むのも、多分一生。自分の知力・気力が続く限りは、気に入った記事を読み続ける。スキとかコメントとかつけなくても、自分の能力が許す限りは、noteが今の形を保っているなら付き合って行きたい。

投稿の頻度は、今年は目標設定していて、月~金の間で2本 土日に1本。
週に3本。今週まで、クリアしている。まだ1か月しか経ってないけど。
数字に縛られるのは、窮屈だけれど、このくらいならできるかなって見込みを立てた。でも、1週間ってすぐ経ってしまう。12か月の達成は正直わからない。すでに挫折の言い訳をするのも何だけど。
自分のリアルな環境がどう変わるのかわからないけれど、何事かあったらSNSどころではない。優先するのは現実の自分の生活を守ること。
でも、できるかぎり達成に向け努力するを今の自分に課したいと思っている。

もっと長期的な視点でみて、スランプが訪れたら、少し休んで書きたい気持ちが復活したら書き始める。誰のためではなく、自己満足のためだけに自分のnoteはある。辛い気持ちになって書き続けることもないし、休むことが辛くなったら書けば良い。何も書かない期間があっても、いつか再開するならそれは辞めたんじゃなくて休んでいただけ。

「誰かに何かを伝えたい」目的はほぼないので、書くのは自分の心証だけ。何も考えられないなんてことはあまりないので、ネタにはあまり困らないと思う。ただ、年々思考力とか構成力とか落ちてる感じはするので、内容は支離滅裂加減が大きくなるかもしれない。

先のことは、正確にはわからないので、現時点でこんな風にしたい、ってことだけれど、自分としては休む期間があったとしても辞めないで続けられるって確信はある。

10数年前にブログを書き始めて今に至っている。記事を投稿することが嫌だと思ったことはなく、たまに忘れたり、それどころではなかったりして、書いてないな~って時期はあるけど、1か月以上放置ってことはなかった。
それどころか、noteに本格参戦してからアメブロの更新頻度も上がっている。アメブロではその日あったことをメインにして数行書いてるだけだけれど。誰に読んでもらわなくても打って載せることだけで満足。元来日記ってそういうものだから。

コメントとか交流は、本当に僥倖と感じている。自分は積極的に自分から関わって行けるタイプではないけど、こんな記事を読んで下さってコメントを書いてもらえるのは本当にありがたい。そして、思わずコメントしたくなるような素敵な記事を書いているnoterさんとお会いできる幸せ。「ご縁」って言葉をいつも感じる。noteがつないでくれた縁をこれからも大事にしたい。

顔なじみになったnoterさんが、お休みしたり更新の頻度を下げたり、退会したり、それは正直淋しかったり、取り残された気持ちになったりするけれど、自分はしょうがないことって割り切りたい。人それぞれに想いがあって、考えたことがあって、その結果、選択したことだと思うから。
「淋しいよ」っていう気持ちはこっち側のもの、今までのご縁に「ありがとう」この先、「良い結果に繋がるようにね」って祈りつつその選択を受け止めたいと思う。そして、私は当分ここにいるから「いつでも戻ってきて、声をかけてね」って気持ちを添えて送り出したい。

noteを辞めるとか休むっていうのも、大きな決断。これまで続けてきたことを変えるのは大きな勇気。そんな選択をしたんだってこと、それは凄いことなんだって認めたい。何でもそうだけれど、それを考えて実行するのは凄いこと。人それぞれの事情とか考えがあったんだろうなって想像するしかないけど、私はそれを尊重したい。

ズルズルと辞めてしまうであっても、それはそれで良いじゃん、とも思う。少なくとも、短期間ではあってもnoteに足を踏み入れて、投稿とかコメントとか何らかトライしてみたってことだもの。自分に合わないこと、できないことは無理してすることはない。

たかがnote、されどnote。人それぞれに考え方がある。明らかな悪意とか誹謗中傷とか人を傷つけたい、ことがなければ、その人が思うとおりのことをしていくのが良いと思う。


ここまで読んで下さった皆様。ありがとうございます。
アメブロのアドレスです。ご興味あったら覗いてやって下さい
https://ameblo.jp/hatamayu529/



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