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あったか。

昨日、

「明日はザギンに行く。」

と、おしょくじくんが言ったから、僕も学校が終わってから行くことにした。
12月の銀座っていつもと違う気がするんだ。空気は冷たいんだけど、街を歩いている人たちはソワソワしていて、でもちょっとだけ楽しそうな顔をしてる。

おしょくじくんは今朝、ここに行っているからね、とポットとコーヒーカップの写ったポストカードを1枚くれた。ニヤリと笑った猫が描かれたポット。おもしろい。僕もつられてニヤリと笑った。

地下鉄銀座駅を地上に上がって、空を見ながらゆっくりと歩いた。迷わないでギャラリーの入っているビルまでたどり着くことができた。たまには僕だって迷わないで着くことができるんだ。他のことにはいつも迷っちゃうんだけれども。

早速、エレベーターを使おうか階段を使おうか迷っていると、奥にある階段の上の方からたる美がひょっこり顔を出して、こちらに向かっておいでおいでをしている。
たる美の後をついてギャラリーのある4階まで上がると(エレベーターを使えばよかったと途中で気がついた)いくつか部屋がある中の一番左奥のドアから、あったかでキラキラした光がもれていた。

ちょっと緊張しながら扉を開けると、女の人が笑顔で出てきて迎えてくれた。僕が、先に白くて丸い生き物が来ているはずなんですが…と言うと、コーヒーカップを持ったおしょくじくんが、トコトコトコとこちらに向かって歩いてきていた。壁の白と同化していて非常にわかりづらい。

出迎えてくれた女の人がここにある器やポットや全てのものを作った作家さんなんだと、おしょくじくんが教えてくれた。
作品はどれもうっとりするくらいきれいな色で、優しい肌触りで、楽しくて、あぁ、これがお家にあったらなんて素敵なんだろうなって、心底思うほどの陶器がたくさんあったんだ。

ふとどこからか視線を感じた。そちらの方に目をやると誰もいない。壁と同化したおしょくじくんかと思ったけれど、彼は今僕の足もとにいる。もう一度視線の先をよく見ると、棚に並んだコーヒーカップのわきから顔が出ていて、その顔と目が合った。
作家さんが、それ、あなたにそっくりね。と少しいたずらっぽく言った。そうですか、と言いながらそのコーヒーカップを見せてもらった。両手にすっぽりとおさまって心地いい。僕を見ていた顔の正体はこのカップの持ち手だった。顔になってる。かわいいな、へへ、似てるかな。

多くの陶器はもう買い手さんが決まっていて、僕と目が合ったコーヒーカップにもその印が付けられていた。
なんだかちょっとさみしくなったけど、でもきっとそのお家でも誰かの心をワクワクさせるんだと思ったら、それってとても素敵なことってしみじみしちゃった。

物を作って世に放つことってとても勇気と責任をともなうことだと思うんだ。(そんなことみんな知ってるよ、ね)でも、あらためて思ったんだ。作家さんのエネルギーは作ったものにちゃんと移っていて、それを使う僕たちもそのエネルギーを分けてもらっているんだよね、きっと。また1日頑張ろう、とか。
あったかでキラキラした光を放つ作家さんとさよならの挨拶をしながら、僕はそう思った。

おしょくじくんはこの個展の期間中もう2回も来ていたらしい。
なにか欲しいものがあったの? と聞いたけれど、まあね、ひみつ。と返事が返ってきただけで、あとは目をそらされた。

僕は、そうだなぁ、やっぱりあのコーヒーカップかなぁ。またいつか出会えるといいなぁ。
そうつぶやくと、隣でたる美がウフフと笑った。

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