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旅|カタール|3

 アブダビからドーハの航空券は別で予約していたため、搭乗券をアブダビで受け取る必要があった。ボーディングブリッジを抜け、アブダビ国際空港の風景が眼に飛び込んでくる。民族衣装である白のカンドゥーラと黒のアバヤをそれぞれ身につけた男女。じんわりと熱がこもった空気は香りも異なり、香辛料の気配も微かに漂う。体内を流れる血管のように世界はつながっている。その中で浮遊する血球のごとく、旅人たちは世界中を駆け巡る。日常が切り替わる、この瞬間が僕は好きだ。

 歩んだ先にはトランジット・デスクがあり、そこには無数の人々が並んでいた。空間に浮かぶ焦燥や疲労。目的地への途上にある札所に並び、進むことのない列の中で順番が訪れるのを待った。秒針が動き、旅人たちが思い思いの場所へと過ぎ去っていく。

 アブダビに到着したばかりの日本の旅客たちは水に浮かんだ油のように、ドーハへと向かうエティハド航空、EY399便を待つ搭乗口の前で独立した存在感を醸し出す。到着したランプバスが乗客を運び、純白の機体へと乗り込む。口の中から水分を奪うことを目的として作られたかのようなサンドイッチを頬張り、冷えた窓側の壁へと顔を寄せた。闇と同化した海。その上に点々と浮かぶ橙の島々。色の輝度が増し、範囲が増えるごとにドーハとの距離が縮まっていく。道路や建物、その上を走る自動車が輪郭を帯びる。訪れた衝撃とともに、十七時間の旅は終わりを迎える。

 紫の差し色が映える、ドーハ国際空港。そのすべてが自分にとって新しい。刺激される五感。無料で配られるSIMカードの入れ替えに手間取り、不調な電波に翻弄される。寝静まった馬のように、両替所の列も動くことはない。タクシーの呼び込みも耳に入れど、意識に届くことはない。深夜二時。最終的には待機していたタクシーに押し込まれるようにして誘われ、相場よりも高い二十ドル札を渡し、目的地で下車した。
   
 世界中の人々が集うFan Village。チェックインは永遠のようにも感じられた。荒涼とした大地を抜け、当てがわれた部屋の前に辿り着いた。渡された鍵を差し込み、無数に並んだコンテナの一室に身体を落ち着けた。水のシャワーを浴びた。疲労と安堵感が波のように押し寄せる。


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