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先住猫たちのはなし

先日、子猫がやってきたことについて書いた。

そのなかで、2匹の先住猫について以下のようにすこし触れた。今回は、その先住猫たちについてのnote。

我が家で2匹の猫を飼うことにしたのは、軒下で産み落とされていた野良猫の子を保護したのがきっかけ。へその緒がついたままで、眼も開いていない、まさに産まれたての子猫が2匹。2匹ともメス。ミルクをあげるところからはじめて、いまは大柄な猫にそだった。わたしの『一日一画』にもときどき登場する。

この2匹の猫たちが我が家にやってきたのは、6年前の今日。9月12日。獣医さんによると、「この様子だと数日前に生まれたみたいですね」ということだったので、その”数日前”の範囲内で覚えやすい9月9日を誕生日にした。

保護した日の数日前、妻がうちの前でめずらしく野良猫に威嚇されたという。どうやらその野良猫が母猫で、お隣さんの軒下に子猫たちがいたようだ。

夜どおしミィミィとちいさな声がずっと聴こえていたのだけど、どこからなのかわからなかった。あくる朝、隣の植え込みの奥に子猫の姿があった。2匹が重なるようにかたまっていた。わたしが長身だったから、ぎりぎり見つけられた場所だった。

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お隣さんは犬を飼っていた。そして、ちょうどその日は、お子さんの結婚式で不在にするというタイミング。とても保護できるような状況ではなかった。

見つけたからには見殺しにはできない。一期一会。迷うことなく、子猫たちを我が家に迎え入れることになった次第。

わたしのブログ『一日一画』より、その子猫たちを描いた最初のスケッチ。うちの子供たちが赤ちゃんだったときのおくるみが大活躍した。眼も開いていない赤ちゃん猫。とにかく体が冷えないようにあたためて、ちいさな哺乳瓶でミルクをあげ、排泄をうながす。これのくりかえしだった。

この日、当時小学2年生の長男も一緒にスケッチした。ちなみに彼はいま、中学校で美術部にはいっている。そして猫の絵ばかりを描いている。もしやこの時のスケッチがはじまりだったか!?

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子猫たちはまだ小さすぎて性別もわからなかった。とりあえず動物病院で診てもらうのには名前が必要だ。どうしようか・・・。

オス猫だったらタロとジロか(『南極物語』世代!)、いやむしろ太郎冠者と次郎冠者?いやいや、メスかもしれないし・・・長寿をねがってポンポコピーとポンポコナー(落語好き)とか?とふざけてるのか真面目なのかわからない話し合いをした。結局、子供たちの直感で提案された”みゅー”と”もか”になった。白いほうが”みゅー”で、こげ茶色のほうが”もか”。

理由は、白いほうの鳴き声が「みゅー」と聞こえたから。そして、こげ茶色のほうはモコモコ動いていたからモコ。「それなら毛の色に合わせてモカがいい」という妻のひとことで”もか”になった。未就学の次男坊にも読めるように、表記は平仮名ということになった。

とにかく、”みゅー”と”もか”は我が家の一員になった。両方メスだった。

この猫たちは5匹きょうだいで産まれたらしい。のこり3匹はもう一軒隣のお宅の敷地にいた。母猫が子猫を運ぶのに失敗して2か所にわかれて放置されてしまったのかもしれない。

あるとき、その3匹のうちの1匹がそのお宅の自動車のタイヤの上で寝ていた。それを妻が見つけたのは、ちょうど車が発進しようとしたタイミング。あわてて車をとめてもらって、そのタイヤの上の子猫を保護した。妻に発見されていなかったら轢かれてしまっていたかもしれない。

その命拾いした子猫も我が家にやってきた。ちなみにあと2匹は、そのもう一軒隣のお宅で飼われている。

かくしてそのとき、我が家の子猫は3匹になった

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結局、その3番目の子猫(上の写真の右端)は、次男のお友達のお宅に引き取ってもらえることになった。全身が茶色なので名前は”チョコ”。チョコもメス猫。そのままチョコという名前で定着しているそうだ。

この猫の姉妹は、わりと仲良く過ごしていた。まだチョコがいるころ、”もか”の体調が悪い時期があって、そのときは”みゅー&チョコ”と”もか”の2対1のグループになっていたことがある。チョコがもらわれていってからは、2匹はとくに喧嘩をするのでもなく、仲良く過ごしていたように思う。

2匹は不妊手術も同時に受けた。産まれてからずっといっしょにいるので、片方だけ入院させて離れ離れで過ごすと、それもストレスになる。獣医さんの判断での同時入院だった。

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一泊だけであれば留守番させることもあったけど、それ以上の期間になれば、人間といっしょに旅行した。2016年の夏休みと年末年始には、1週間以上の猫連れ帰省ツアーを敢行した。

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上の写真は、移動中の車内(左)、わたしの実家での”みゅー”と”もか”(右上下)。見慣れない景色や謎の生物(ニホンイシガメ)に興味津々。長男の自由研究の宿題にも協力した(下の写真)。

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転機になったのは、2017年の夏。わたしは1ヶ月ほど米国に出張することになった。その出張を夏休みにあわせ、家族同伴で渡航することにした。

そのとき、猫たちはもうすぐ3歳。『ヨーロッパを旅してしまった猫のはなし』という本があったのを思いだす(下のブログ参照)。しかし、検疫もあるし、そもそもわたしの仕事での渡航だし、さすがに米国まで猫たちを連れていくわけにはいかない。

だから、その1ヶ月のあいだはペットホテルに預けることにした。下の写真は、成田空港での子供たち。そして、ペットホテル初日の猫たちの様子。姉妹だからとおなじケージに入れてもらったけれど、表情がかたい。あと数日間は、なかなか気をゆるしてくれなかったらしい。

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ペットホテルからは、毎日メールで猫たちの様子の報告がとどいた。添付された写真をみていると、ペットホテルのスタッフさんに心を開いてゆく様子が伝わってくるような気がした。

猫たちにとっては突然見知らぬところへ連れてゆかれ、世話をしてくれる人間も変わった。わたしたちやペットホテルのスタッフが「一時的なものだ」といくら日本語で言い聞かせていても、伝わっているわけがない。伝えた気になっているのは、われわれ人間の自己満足でしかない。

ペットホテルは快適で、おいしいご飯がもらえるし、決まった時間に遊んでもらえる。きっと「自分たちは捨てられたのだ、このペットホテルであたらしい飼い主といっしょに生活しよう」とかなんとか悟っていたかもしれない。

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この写真は、2週間ほど経ったときのもの。カリフォルニア生活をたのしむわたしたち(上)と、ペットホテルに慣れてきた猫たち(下3枚)。スタッフさんには、もうしっかり懐いているようだ。わたしたち飼い主からすると、ちょっと複雑な気持ちになる

こちらは毎日とどくメールで猫たちの表情をみることができたけれど、猫たちにはわたしたちの顔はとどかない。猫たちにとって”飼い主が替わった1ヶ月”は、どのぐらいの感覚だったのだろう。

帰国した翌日、ペットホテルへ猫たちを迎えに行った。すっかりホテルに馴染んでいたせいか暴れることもなく、おとなしくキャリーケースに入れられて出てきた。わたしたちを覚えてくれているだろうか、帰るのを嫌がったりしないだろうか・・・と心配したものの、問題なく引き渡しが終わった。

なにごともなかったように、以前の生活にもどった猫たち。数ヶ月後、こんどは子供部屋のリフォーム工事。子供部屋のリフォームついでに色々と猫仕様にした

このリフォームについては、長くなるので別の機会に書くことにする。

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ペットホテルにリフォームと、短期間にめまぐるしく環境が変わった。変化を好まない猫たちへの影響があったとしたら、この時だったのかもかなぁ・・・と、漠然と考えている。


もともと”みゅー”のほうがすこし大きかったけれど、この後から2匹の体格差がひらいてきた。6歳になったいま、体重が5〜6キロ台と、どちらも大柄な猫ではある。けど、”みゅー”のほうが1キロちかく重い。

そして、”みゅー”は妻にべったり。いっぽう、”もか”はわたしに懐いた。毎晩わたしにすり寄ってきては撫でてくれとせがむ。だから、わたしの『一日一画』でも”みゅー”より”もか”の絵のほうがずっと多くなった。

ここ数年、2匹がいっしょに寝ているところは見ていない。いっしょに遊ぶこともなくなった。喧嘩はよくする。見ていると、”みゅー”がちょっかいをだそうとして、”もか”が怒るというパターンが多い。

2匹のあいだになにが起きたのか、さっぱりわからない。とうぜん彼女らはなにも語ってくれない。あ、人間だってそうか。学校や職場はもちろん、家族でも相性のあわない人間関係はいくらでもあるじゃないか。

妻は”みゅー”のお相手に子猫を迎えてはどうかと考えていたらしい。子猫がくれは、2匹の関係性が変わってくるのではないかという期待もあったようだ。

そういうわけで、先日書いたとおりの展開で子猫がやってきた。

あまり唐突だったので、猫たちは心の準備ができないままだったけれど。それでも、もうすぐ子猫のトライアル期間が終わろうとしている

新入りの子猫と”みゅー”は、だいぶ距離が縮んできた。”もか”はまだあまり近寄ろうとはしないけれども、無関心なわけではなさそうだ。はたしてうまくやっていけるだろうか。妻の思惑どおり、猫たちの関係性に変化があらわれるだろうか。

とりあえず、子猫の里親トライアル期間終了間近で、先住猫たちが来て6周年記念の今日、我が家の猫たちについてまとめておいた。これからも我が家の猫たちの様子をnoteで報告していこうかと考えている。

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