できあいの

「できあいのもので・・・」というときの、そのニュアンスって、今の自分が無理せず普段どおり行動する中で提供できる程度のもの、ということだよね。

認識、間違ってないかな。

一方で「溺愛する」ってーと、普通じゃないくらいに心血注ぎ込んで愛するってイメージがある。

ぼくは、「溺愛ができあいのレベルを高める」って思ってるんだけど、つまり「できあいのもので良ければ・・・」って言って出されたものがめちゃめちゃ美味いとか、めちゃめちゃ上手にできてて感動するとか、そういう自然にやっててレベルの高いのがカッコいいと思うんだよな。

溺愛するっていうのは時間をかけるってことで、それはもっともっとって、考えたこともないようなことに考えを巡らせることじゃあないかな。

同じことを繰り返してもダメっていうのはそういうことだと言うか。

いつも一から考え直すくらいの、見ようによっては成長しないバカみたいな姿勢が、溺愛につながってるって思うのはぼくだけでしょうか。

バカみたいに溺愛して、溺愛できるものがあるなら溺愛して、いつかカッコよく「できあいのもので良ければ・・・」なんつってすごいものを提供できる人になりたい。

#yusukeumeoka20190820 #日記 #エッセイ #できあい #溺愛 #自分 #自然 #心血 #カッコいい #時間をかける #バカ #一から

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シャイ・マイ・ペイス

ある人につけてもらったあだ名です。とても気に入っています。

新しい日記

1年ほどずっと続けてて、忙しさにかまけて、あと意味が分からなくなってしばらくお休みしていた日記を、再びはじめてみます。令和になりましたので。いい機会だと思って、再びはじめてみます。
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