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詩「灯台」

わたしはその暗い階段を
灯台の展望室を目指して上っていた
階段の表面はじっとりと湿気を帯びて
少々の水溜まりと苔で黒く光っていた
階段の壁には窓は無く
真っ暗なはずの灯台の内部で
それでもわたしの目はしっかりと
その階段と壁の存在を捉えていた
 
どこまで上ってきたのかわからない
いつ上りはじめたのかもわからないが
まだまだ上り続けなければならないことは
どこかで承知していた
 
時折壁に手を当てる
そのザラザラした感触を手のひらに受けると
心地よい痛みと不思議な安心感があった
 
何のために展望室を目指しているのだろう
この灯台は光を放っていない
かつて光を照らしたことがあったかどうか
それも定かではない
なぜならこの近くには
光を必要とするものが存在しないからだ
 
この灯台を目にした時に
わたしはそれに気付いていた
しかしその朽ちた壁と空洞となっている
光源室を見た時
上らずにはいられなかった
 
わたしはそこに共感をおぼえたが
共感なのか同情なのか自信がない
ただそれはわたしの心を捉え
わたしを展望室へ向かわせた
 
少し疲れてきたところで
休もうと思い膝をついた
膝が何かで湿り
寒さを感じて震えた
 
腕や肩の周りに何かがついていた
内部の壁が何かの拍子で剥がれつつあり
触ったところだけでなく
壁の上部や天井から
パラパラと落ちてきているのだった
 
外は風が吹いていた
時々灯台が揺れるほどの強い風が吹く
もしこの灯台が風に耐えきれず
崩れて落下していくとき
わたしも一緒に落ちていくだろう
 
ようやく展望室へたどり着いた
そこには展望するにはあまりにも小さい窓が
ひとつだけついていた
そこから外を覗くと
遠くの方に灯りが見えた
もしかするとここから見える
もうひとつの灯台の灯りなのかもしれない
それはあまりに遠くて
あまりに美しかった
 
ふと顔を上げよく見ると
その部屋の壁一面に絵が描いてあった
そこにはきれいな青空と
きれいな灯台が描かれていた
 
そしてそれこそが
この灯台の望みだったのだ
 
わたしはこの絵を見たはじめての人間で
このことをみんなに知らせなくてはならない
 
そしてわたしは光源室へ向かい
有り得る限りの知識と力で
呼び掛けたのだった
ここにいるぞ、と

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