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運も遠足のうち

「時々、自分がひどく無能なように感じるんだ」

ニッチフレグランスの展示会「Esxence」の視察のためにミラノに来た。半日ほど会場を回った後、夜に控えているミーティングのために、少し休むべく、併設されたカフェに陣取った。

その時私はアシスタントのフランス人と一緒だった。

「アシスタント」と書いたが彼女のことをそう呼ぶのにはいささか抵抗がある。彼女は私に雇われているわけではなく、あくまでもフランス側のあれこれを外部委託というかたちで請け負ってくれているため、私たちの関係はフラットである。よってヒエラルキーを感じさせる言葉はそれを適切に表していないように感じるのだ。一方で、この関係性を正しく表現するにはある程度の言葉を尽くす必要があり、場合によってそれは瑣末なことになってしまうので、状況を鑑みて「アシスタント」という言葉を用いるようにしている。

彼女とは一年ほどの付き合いになったが、とにかく気が利いてとても助かっている。日本側は本当の意味でのアシスタントがあれこれを完璧にこなしてくれ、フランス側も彼女が大部分を対応してくれているので、ここ最近は私はかなり自由に動けるようになった。ふたりには感謝しかない。

それでも社長業はそれなりに瑣末なあれこれがつきまとう。私はそれを、うまくこなすことができないことが多々ある。そんなことをコーヒーを啜りながら話している中で、私は彼女に冒頭の言葉を投げかけてしまった。

「色々やることがあるからしょうがないよね。でも私は、才能がある人としか働かないようにしてるよ」

彼女は私の言葉にそのように返した。

この言葉は私の心を幾分か軽くした。


翌日はミラノの街をふたりで回った。私たちはよく食べ、よく歩き、そしてよく話した。結果的には彼女が私の買い物に連れ回される形になったが、それはそれで楽しんでいたようだ。

ミラノのマルペンサ空港に向かうバスに乗ったのは夕方4時半ごろ。彼女はボルドーへ、私はウィーンへ行く予定だった。

「昨日、ミーティングでユータがどうやって今に至ったのかを横で聞いていた時に、改めて運って大事だな、って思ったの」

彼女はそう私に告げた。

それからしばらく、私たちは「運」について話した。その結論は、「運も才能のうち」という、巷でしばしばいわれていることだった。


彼女が先にバスを降りた。彼女の背中を目線で追いかけながら、次彼女に会うのはいつになるのかを考えていた。そう遠くない日であるような気がした。


チェックイン、手荷物検査と済ませたところで、ウィーン行きのフライトが30分ほど遅れることがわかった。夜7時をまわったところだったが、今日はミラノで食い倒れていたので、特に何も口にせずに溜まったメールを返していた。

そこに彼女からのメッセージが届いた。それは私への感謝を告げるものだったが、私の方が本来であればありがとうを言わなければならなかった。

私たちはフライトまでの時間を潰すために、いくつかの冗談を送り合った。


「飛行機はほぼ満席なのに、前回も今回も、私の隣には誰もいないの。運がいいね」

このメッセージで、彼女が先に搭乗したことを知った。

「無駄なところで運を使わない方がいいよ。大切なときにとっておかなきゃ。日本ではよくそういうんだ」

彼女に返した。

「それは知らなかった。日本の知恵だね、面白い」

そこで一旦私たちの会話は途切れた。


ウィーン行きの飛行機の搭乗が始まった時、私はふと思い立って、彼女にこう送った。

「もうひとつ、“日本の知恵”があるのを伝え忘れていたよ。
お家に帰るまでが遠足だよ」


この文章は、ウィーン行きの飛行機の中で書き上げた。私はまだ彼女からの返信を受け取っていない。さて、どう返ってくるか。


私は日本の2つの知恵を頭の中で混ぜてみた。

運も遠足のうち。

うん、悪くない。きっと遠足にはある程度の運が必要なのだ。


私の遠足は、まだ少し続く。運を携えていかなきゃ。


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