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走れ小太郎

先日の京都出張で目にしたとある光景が忘れられない。

それは些細な出来事で、本当であれば特段ハッとさせられることはないはずなのだが、数日経った今でも、気づくとそれが、感動的な映画のラストシーンのように頭に蘇るのだ。


よく晴れたお昼のことだった。4月はすぐそこなのになんだか肌寒い日が続く中での急な春の訪れだった。観光客で溢れた京都は全体的に浮き足立っていた。

çanoma取扱店のひとつである「乙景」で立ち話をしていたら次のミーティングに向かう時間になっていた。お店を後にして、歩いて祇園の方に向かうことにした。

高瀬川沿いを歩く。通りの桜は弾けんばかりの蕾を枝という枝にぶら下げていた。中には勢い余って開いた花もひとつふたつあった。不思議とそこは人通りが少なかった。あと数日したらこの通りはどうなってしまうのだろう。花とともに多くの人でごった返す姿を想像した。だとすれば今が一番美しい時なのかもしれない。

団栗橋に差し掛かる。煌めく川面が美しい。いつもよりも幾分流れが速いような気がする。鴨が流されないように必死に足をばたつかせている。


「止めてください!」

突然男性の大きな声が前から。目を向けると小さな黒柴がそのまん丸な身体を弾ませながら向かいの歩道をこちら側に向かって一目散に駆けている。橋を歩く人が道をふさごうとするが、軽やかな身のこなしでそれをよける。

橋を渡り切る手前、若い女性が手を広げると急に立ち止まり彼女にじゃれつく。そこに飼い主さん到着。捕獲。一件落着。

その後黒柴は飼い主さんに抱き抱えられながら、嬉しそうに祇園の方に戻っていった。


なんの変哲もない、ただの微笑ましい光景なのだが、この出来事が数日経った今でも頭から離れないのはなぜだろう。


犬にはあまり詳しくないので間違っているかもしれないが、豆黒柴というには少し大きいように感じた。ただそれでも小ぶりに見受けられたので、多分まだ子供なのだろう。

小太郎(と勝手に名付けた)の走る姿には、純粋さがほとばしっていた。逃げようとする意思も、あるいは飼い主さんをおちょくる気持ちも、そこには微塵も感じられなかった。小太郎は、ただ単純に走りたかったのだ。躍動する若さを謳歌せんとしていた。


小太郎を思い出すたびに私は、映画『ショーシャンクの空に』の主人公アンディーが、自分が後にひどく罰せられることを承知の上で、刑務所中に大音量でオペラを流すシーンを思い出す。刑務官が大声で扉を開けるように促す中、そんな声どこ吹く風で机の上に足を投げ出して微笑みながら音楽に聴き入るその姿と、団栗橋の上で弾む小太郎の丸く小さな身体は、私にはぴったりと重なって見える。


私は小太郎が、幸せな家に迎え入れられていることを切に願っている。たまに団栗橋の上をコロコロと駆け、犬好きな人に撫でまわされることを許してくれる飼い主さんであるといいなと思う。

連行される小太郎の表情からは、しっかりと愛されていることが読み取れた。きっと『ショーシャンクの空に』のアンディーのような、不遇の中にはいない。美味しいご飯とあたたかい寝床が当たり前になっているはずだ。


小太郎の走る姿を思い出すたびに、私は刹那不安に駆られ、すぐに安心する。そう、彼は間違いなく幸せな犬なのだ。

彼の姿を通して、世の中の飼い犬のことを思う。彼ら彼女ら全てが、小太郎のように愛に包まれていなければならない。幸せの形はどうあれ、人間に迎え入れられている以上、不幸というのはあってはならないことなのではないだろうか。


全ての犬が、幸せでありますように…小太郎を思い出した後、私はそんな小さな祈りを捧げる。


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