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思いがけない土曜日

不思議な土曜日だった。


パリに戻ってくると必ず会う友人のひとりと約束があった。その友人と会う時は、だいたいランチから始まり、2つほどのアクティビティをこなし、どこかでお茶をして解散、という流れが一般的である。

その日も御多分に洩れず、私たちは人気のハンバーガー屋で待ち合わせをして、ランチの後に美術館に行った。

ここまではいつも通りだったが、この後彼女から、あるハイブランドのブティックに一緒についてきてほしい、とリクエストされた。普段はそんなブランドになんて興味がないし、そもそもそんな高級ブティックに入るのも気が引けるのだが、あるときたまたま目にしたとあるバッグが気になっていて、それをどうしても見に行きたい、とのことだった。

私にしても、普段はなかなか入る機会のない高級ブティックの暖簾をくぐる“言い分”を手に入れたも同然だったので、もちろんのこと快諾した。

ハイブランドのブティックが立ち並ぶ通りに差し掛かった時、彼女はなんだか居心地悪そうな顔をしていた。そんな彼女の背中を叩きながら「そんな緊張することないって」と声をかけて目指すお店に向かった。れっきとしたパリジェンヌをアジア人男性が励ましているという、なんとも不思議な構図だった。

ブティックでは思いがけず丁寧な接客を受けた。場合によっては邪険に扱われることも想定していた私たちは、逆に面食らってしまった。それに気をよくしたこともあり、買い物をした後、ブティックに併設されたカフェでそのままお茶をすることにした。

「なんだか不思議な一日だね。思いがけないことばっかり」

ラグジュアリーな雰囲気漂う空間でコーヒーとフランを前にした彼女は、そう口にした。私もコーヒーを啜りながら(コーヒーもフランも、あまり期待していなかったのだが、どちらも思いがけずとても美味しかった)、たしかに不思議な一日だと感じていた。

ただし、その「思いがけないこと」は、これで終わりではなかった。


彼女のもうひとつのリクエストに応じて、私たちは百貨店へと向かった。彼女の買い物を済ませ、せっかく百貨店にいるのだから、ということでぶらりとウィンドウショッピングをした後、屋上に登ってパリの景色を眺めた。観光客がエッフェル塔をバックに写真を撮ろうと必死に場所を確保するのを横目に、私たちはその真反対にあるサクレ・クール寺院をぼんやりと見ていた。

内容の濃い一日だったこともあり、ふたりともだいぶ疲れていた。百貨店の屋上に着いた頃にはすでに夜7時を回っていた。それでも、せっかくだから夕飯も一緒に行こう、ということになり、少し離れたところにある彼女オススメのレバノン料理を食べに行くことになった。

土曜夜の地下鉄の駅は、電車の本数が少なかったこともあり思いの外混んでいた。私たちは駅に大きく貼られたシャレのきいた胃腸薬の広告を見ながら冗談を言い合っていた。

そのときにふと、私たちから5メートルほど離れたところにいるアジア人カップルが私の目に留まった。服装からは観光客のように見えるふたりだったが、そうではないことに気づくのにそう時間はかからなかった。

元カノだった。

私は彼女が彼のリュックに大きな缶のようなものをしまうのをぼんやりと眺めていた。その時、彼女がふと私の方に顔を向けた。私は咄嗟に、私を挟んで彼女の反対側にいた友人の方に向いて、ドギマギしながら、「あの…後ろにいるアジア人カップルの女の子の方…あれ、例の元カノだよ」と告げた。


それは2017年のこと。フランスの大学院に入学した私は、クラスメイトの韓国人の女の子とすぐに恋仲になった。ただ、諸々の理由で私たちの関係はうまくいかなかった。正直なところ、あまりいい関係ではなかったのだ。

私はそのことでかなり悩んだのだが、そのときに相談に乗ってくれていたのが、他でもないその日一日を一緒に過ごした友人だった。だから彼女は事のあらましを把握していたのだ。ただし、彼女が私の元カノを見るのはその日がはじめてのことだった。


「え?どこどこ?あ、あの子ね!」

友人が口にしたちょうどその時、駅に電車が到着した。扉に人が張り付くほどの満員で、到着後に何人かは下車したものの、その後ホームで待っていた人が無理矢理乗車したので、私たちふたりはあえなく一本見過ごすことになった。一方で元カノとその彼はなんとか乗車した。

私たちの前で扉が閉まり、電車が発車した。元カノが乗車した扉が私たちの前を通り過ぎるときにその顔を改めて確認しようと思ったが、彼女はちょうど扉の中央部分の、ガラスになっていない不透明な部分に立っていたので、私たちは彼女が片手に持っていた、アメリカのハンバーガーチェーン「FIVE GUYS」のミルクシェイクの容器しか目にすることができなかった。奇しくも、その日に私たちがランチをしたお店だった。


レバノン料理を食べながら、私たちはこの特殊な一日を振り返ろうとした。ただ、結局のところ「なんだか、思いがけない一日だったね」という感想しか出てこなかった。それについて考えるには、私たちはいささか疲れすぎていた。


夜11時すぎに私たちは地下鉄の中でおやすみをいってお別れした。そのときに私は、今日も彼女に救われたことにふと気がついた。


メトロの中でひとり、元カノのことを考えていた。

風の噂で、彼女が引き続きパリに住んでいること、そして韓国人の彼と結婚したことは、すでに耳にしていた。一緒にいた男性がきっと旦那なのだろう。

付き合っていたとき、彼女は私によく「ユータが羨ましい」といっていた。私のどこが羨ましいのかよくわからなかったが、一度それとなく尋ねたときに、彼女はちょっとだけ考えて、「ユータは自由だから」とつぶやいた。

私が自由であったかどうかはさておき、彼女は不自由だったのだろうか…あの当時はそんなことを考える余裕さえなかったが、今になってそんな疑問が湧いてきた。

その後、彼女は自由を手に入れたのだろうか…?

地下鉄のホームで一瞬目にした彼女の表情からは、自由を得るためにいまだにもがいている彼女の姿を垣間見たような気がした。そして、彼女が解き放たれることは、もう今後ありえないように思われた。それは私をひどく気の毒な気持ちにさせた。私はそれが、私の思い違いであることを密かに願った。


その日の夜は不思議な夢を見た。福岡にある母の実家にいた。私は居間にいて、客間で寝ている母の様子を見に行こうとしていた。客間の扉を開けると、それまで眠っていた母が目を覚ました。それと同時に、「痛い、痛い」といいながら腰を押さえた。私は、そんな母を前に、何もすることができなかった。


もしもう一度、その元カノに会う機会があれば、そのときは何か言葉を交わしたいと思う一方で、そうしない方がいいような気もしている。それは、あの夜地下鉄のホームで一緒にいたのが私のことをよく知っている友人だったことが、偶然ではないように思われるからだ。


そんなことまで含めて、とても不思議な土曜日だった。それはある特定の場所から見ると、とても素敵に見える一日だった。

そう、とっても素敵な一日だったのだ。


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