目の前にいる母は、もういない
寒い雨の日だった。来週はもう4月なのに、あたたかくなる気配すら感じられなかった。
結局、母の一周忌はひとりで行うことになった。父からは数日前にメールが、妹からは命日の翌日にメッセージがあっただけだった。そんなもん、なのだ。
とはいえ何か特別なことをする予定もなかった。その日は思い切って休みにしたので、母のことを考えながら1日過ごすことにした。
午前中は忙しさにかまけてひどい状態になっていた部屋を軽く掃除することにした。母の遺骨はまだ我が家にあるので、お墓の掃除のような気分だった。
軽いランチのあと、母にドーナツをお供えするために外出した。母は学生時代、ミスタードーナツでアルバイトをしていた。彼女はよくその話を私にした。きっと数少ない“いい思い出”だったのだろう。
外は冷たい雨が降り続いていた。最寄のミスドは下北沢。小田急線で向かった。
学生たちは春休みだからだろうか、下北沢は思いがけず人で溢れていた。私はそれに面食らってしまった。
ミスドもかなりの人だった。辛うじて席を確保し、持ち帰り用のドーナツのついでに店内でコーヒーとドーナツにすることにした。若い2人組が大半だったが、中年のひとりも負けじと多かった。落ち着かない様子で店内をきょろきょろと見回している私と同い年くらいと思われる男性がいた。
私ももしかしたら、側からみたらそんなふうなのかもしれない。
家に帰り遺骨の入った骨壷をテーブルの上に移動させ、その前にフレンチクルーラーを備えた。コーヒーを淹れ(もちろん母の分も)、一緒にティータイムにした。帰りがけに買ったチューリップは可憐で素敵だった。
その頃には私はとても暗い気持ちになっていた。母が亡くなってからというもの、私はきちんと生活できていないような気がした。時間はあるはずなのに、いつも余裕なくしていて、やるべきことが全くできていないように感じられたのだ。
ふと、自分が死ぬことを想像してみた。死はすぐそこにあった。転んで頭の打ちどころが悪かったら、何かのコードが首に巻き付いて締め上げてしまったら、包丁が刺さってしまったら…死なずに今まで生きていることが逆に不思議に思われた。
生きていて本当にいいことなんてあるのだろうか…と考え始めたときに、これはダメだと思い少し仮眠をとることにした。夕方5時過ぎ。起きたのは6時ごろだった。
そうだ、コロッケを作ろう。介護生活中に母のリクエストで一度作って以来だ。
雨の中を近くのスーパーに向かった。途中車道をものすごいスピードで逆走する自転車とすれ違った。その彼は私の前ではとりあえず死ななかった。どうやら死ぬのは簡単ではないらしい。
食材を調達し、調理を開始。同時に炊飯器をセットする。
『キテレツ大百科』のオープニングテーマは本当にコロッケのレシピそのままであると、作りながら気づかされる。キッチンに「いざ進む」ところまでもそうだ。
介護中にコロッケを作っていた時のことを思い出す。母は何度も私を呼んでいたが、キッチンからは母の声が聞こえなかった。あとでそのことに気づき、私は青ざめた。もし母に何か起こっていたら、取り返しのつかないことになっていたのだ。
どんどん暗い気持ちになる。
コロッケは無事に揚がり、ひとつを母に備える。私もいくつか食べて残りは冷蔵庫へ。
結局あまり気分がすぐれず、夜の電話会議をスキップして早々と寝ることにした。
寝床についた私は、眠りに落ちるまでのほんの少しの間、何か考えたような気がする。それは今日の暗いムードを払拭する、素敵なことだったような気がするが、朝目が覚めるとそれに関する記憶は何も残っていない。
まぁ、いいさ。きっとまた、今日から頑張らなければならない。暗い気持ちになるのは命日だけで十分なのだ。
一見するととても暗い一周忌だったが、結果的によかったように思う。母のいない世界の中で、まだもう少し、頑張れそうな気がした。
ふと、夢を見たことを思い出した。
母と話している。いつも通り、普通に。
はたと気づく。泣きながら彼女にいう。
「もうお母さんがこの世にいないことに気づいちゃった」
彼女に抱きつく。
「そうだねぇ」
私の頭を撫でる。
涙は止まらなかった。
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