見出し画像

アメリカが見た夢、フェンウェイ・パーク

出張でボストンに行った。朝から夕方まで研修を受けた後に、ガタゴト揺れるちんちん電車みたいな地下鉄に乗って、ケンモア駅をめざす。近づくにつれ、周りは"B"マークの帽子やユニフォームを着た老若男女でいっぱいだ。ゲートをくぐる前にチケットと鞄の中をチェックされ、テロとの戦争状況が続いていることを思い出す。ああ、もう星条旗の歌が流れ始めた。ちょっと迷った末に見つけた入り口の階段を上ると、頭上には紫とオレンジで彩られた夕焼け空、眼下には緑鮮やかな芝とフィールドに位置した選手たち、そして周りには月曜のナイターの1イニング目からほぼ満席で球場を埋めた観客が、僕らを取り囲んだ。ここがフェンウェイ・パーク、開設から102年を経たMLBでいちばん旧い球場だ。

自分の席を確認したら、まずは売店でビールとホットドックを調達しよう。ビールを買うにはIDが必要で、パスポートを忘れたらレモネードかコーラで過ごすハメになるので、要注意。席に戻ったら、あとはリラックスして、目の前の時間と空間を楽しむだけだ。

この夜のレッドソックスは攻守ともピリッとせず、7回までにはおおかた負けが見えていた。でもゲームの勝ち負けはフェンウェイ・パーク体験の半分にすぎなくて、残り半分というか主役は球場と観客が生み出す親密な雰囲気にある。攻守交代の合間に流れる "Take Me Out to the Ball Game" や "Sweet Caroline" の大合唱はもちろん、音楽に合わせて勝手に踊りまくる地元客や、野球が好きそうなピーナツ売りの爺さんを見ていると、この旧い小さな球場を媒介にして皆でシアワセな場を作り出していることがわかる。言葉がわからなくても、伝わってくる。

今じゃ毎日のようにアメリカの負の側面がニュースになって来る。戦争、銃乱射、人種差別、などなど。情報技術などの産業面でアメリカが世界をリードしているのは間違いないが、はたして人類の未来を今のアメリカに委ねて大丈夫か?という疑問はつきまとう。

でもフェンウェイ・パークには、まだ古き良きアメリカの夢が生きている。故郷から遠く離れた土地で人生を開拓してきた移民たちの、闘志や自由を手にする力、家族や共同体への愛情、“この素晴らしい世界”を自分たちでつくりあげようという意志。

アメリカ、というか、人間ってまだ捨てたもんじゃないな。と思わせてくれたのは、最先端のテーマパークでもハリウッド映画でもなく、この老いぼれ球場でした。ありがとう、フェンウェイ・パーク。また来るぜ、ボストン。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?