無償化は「子どもへの投資」ではない。

1 無償化は「子どもへの投資」ではない

 昨年末、安倍首相は無償化を巡る地方自治体との協議の場で、無償化を「子どもへの投資」だと説明をしたようです。けれども、無償化政策は保護者の経済的負担を軽減する政策であり、子どもに対しては直接的には1円も渡りません。子どもに直接届けたければ、保育の質と量への投資が必要です。無償化によって直接恩恵を受けるのは保護者であり、しかもより多くの経済的恩恵を受けるのはより高い収入の保護者となります。やはり「子どもへの投資」とは言えません。
 無償化を進める政府は、学童保育において指導員不足を理由として、指導員の配置基準を骨抜きにする法案を出しています。保育士不足は慢性的に深刻な状況で、保育分野でも配置基準の緩和が行われてきました。子どもたちに専門職の支援が届かないようでは「子どもへの投資」が問われます。

2 優先順位がおかしい

 待機児童対策や保育士不足の解決、保育士の処遇改善、保育の質の改善は無償化よりも優先すべき課題ですが、抜本的な対策を打たないままです。消費税増税による保育士の処遇改善は僅か1%月額3000円相当です。
 保育士の処遇改善と保育の質の改善は一体です。保育の研究では、保育士の労働環境と保育の質は関連するとされています。保育士給与を小学校教員並みに上げる、保育士の配置基準を抜本的に上げるといった目標を同時に掲げるべきです。働きやすい環境があれば保育士不足は解決します。

3 保育環境の悪化

 無償化には副作用があります。無償化による保育環境の悪化については多くの自治体から指摘されています。無償化による保育需要の増加によって待機児童が増加、保育利用時間も長時間化して保育現場がさらに疲弊すると指摘されています。待機児童の増加は定員外入所や「質より量」の保育施設整備につながります。保育現場の疲弊により保育の質が悪化し、不利益を受けるのは子どもたちです。また保育士の離職、保育士不足も招きます。無償化が無害であれば反対までしなくてよいのでしょうけど、保育の現場にいる人に負担を掛けることが心配されます。

4 少子化対策としても疑問

 中高所得者層に生じた毎月数万円の経済的余裕がどこに向かうのかは無償化政策では何の方向付けもできませんので少子化対策の効果は限定です。
 少子化対策としては、保育料の多子減免の拡充(2人目半額、3人目以降無償化)が直接的な対策です。特に乳児の保育料は相変わらず高く、(自治体にもよりますが)年間100万円前後になることもあるため高所得者層の負担感もかなりのものです。現在の減免制度は所得制限があったり、同時入所に限られていますが、子どもが増えても世帯収入は増えないので減免に条件を付ける理由はありません。多子減免を拡充した方が、2人目3人目を生みたいと思う世帯に直接的に効果が届くので、少子化対策としての効果は大きいと思います。

5 子どもの貧困対策に逆行

 子どもの貧困が深刻です。財源となる消費税の逆進性を考えると、同じように保護者に対する子育て支援をするのであれば、無償化ではなく子ども手当の方法で一律に支給した方がまだ貧困対策や格差是正になります。
 安倍首相は消費税増税分を国民に返していくと言っていましたが、今回の消費税増税と保育の無償化は、実質的には応能負担原則を逆進性の高い消費税による負担に切り替えるものであり、前後の変化として捉えると、実は低所得者層から高所得者への所得再分配としての意味も持っていると思います。

6 消費税の負担増との比較

 財源を消費税としたことにより、貧困世帯から低所得の保護者の税負担感は大きくなります。消費税は将来に亘り支払うので、子育て世帯の税負担は今後じわじわと生活を圧迫していきます。貧困世帯から低所得では増税効果の方が大きくなるのではないでしょうか。

7 増税予算の使い道

 すでに書いたとおり多子減免の拡充という方向での保育料の軽減は少子化対策としても合理的ですが、保育料は応能負担になっているので1人目から減免する必要まではないと思います。
 予算配分の優先順位としては、保育士の給与アップと一緒に保育士配置基準の大幅な改善が重要だと思います。より安全で丁寧な保育ができるようになるので保育の質の向上になり子どもにも保護者にもメリットですし、保育士の業務負担の軽減にもなります。多くの保育園では独自に保育士配置の上乗せをしており、その結果として保育士給与が国の想定よりも低くなっている実態もありますが、そうした状況も改善でき保育士の処遇改善にもなります。子どもも保護者も保育士も保育園もメリットがある政策です。
 待機児童対策としては、公立保育所での整備も思い切って進めるべきです。人件費を気にする人もいるかもしれませんが、民間保育園に支払われる運営委託費については弾力運用が認められ、本来は保育士の人件費として支払っているはずのお金が流用されてしまう問題が起きています。現場の保育士にきちんと給与を届けようとするなら公立の方が効率的で合理的です。公立保育所は児童虐待への対応や障害児保育などにも直接的に責任を負うので、単純に民間保育園との比較もできません。ちなみに日本では2000年と比べて公立保育所を約3割減らしています。公立小学校の民営化や全廃に賛成する方はあまりいないと思いますが、公立保育所については「私立でも同じことをしている」という理由(それは公立小学校も同じ)で民営化が通ってしまうのはなぜなのでしょうか。

 乳幼児期は生涯にわたる人間形成において極めて重要な時期とされるので、乳幼児期の発達を支える専門職である保育士の給与はしっかり払えばよいのではないかと思います。
 企業主導型保育事業も否定はしませんが、待機児童対策として位置付けるのではなく、制度趣旨に従い限定的な運用がされるべきだと思います。

 いずれにせよ消費税増税ができるような経済状況とも思えませんし、一度立ち止まって保育政策を検証し直して欲しいと思います。
 

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