【 なつのはな 】

ある夏の入り口、ぼくはとつぜん入院を言い渡された

もう秋季大会の予選なのに

色白の医師はマスク越しに
君の肋骨は奇形なんだよ
とあっけらかんと言い放つ

ヒヤッとした

生まれつき右の肋骨が一本足りない
そして、わかってると思うけど、真ん中が凹んでるだろう?これをね、漏斗胸(ろうときょう)と言うんだよ。

心臓を圧迫するんだ。君は心肥大だから将来支障があるかもしれない。

で、だ、夏休みにね、入院して手術するというのはどうだろう?

真っ黒に日焼けした僕は戸惑う

足がスースーした。

そりゃ子供の頃から胸の真ん中が凹んでるのは知ってたさ。みんなじっと胸をみるんだ。それで離れてから凹んでる、変な形してるって囁くんだ。それが嫌で、恥ずかしくてプールや銭湯じゃ手で隠してさ、その仕草がオカマみてえ!なんて言われてだけど喧嘩強かったからさ、文句言わせねえって。

なんだよ、病気なのかよ、これ

彼は簡単に術式を説明する。

あばらを切り取って裏表に反転させてまた繋ぐんだよ。

ちょっ、えっ?えっ?えーーっ!

えとえと、ぼくは昨日もバスケの練習をしてきた自称健康優良児なんスけどそりゃまあタバコ吸ったりお酒も飲んだりしますけどそんないきなり入院するほど悪いんスか?ちなみにスポーツ推薦で高校入ってバスケはレギュラーなんスけどそんなんしたらもうバスケ出来ないですよね?ね?ね?ね?

痛くもないし痒くもないのに?

しかし焦る僕を横に医師と母は勝手にスケジュールを決めて

スポーツ出来るまで半年はかかるねえって言われて

もう目の前がくらくなって

次の日の練習は休んで

ほんとはちょっと泣いて
すこし母をうらんで

『逃げたくなってさぁ』

数日経ってから顧問に部活を辞めると言いに行ってさ

そうか
ってあっさり受理されちゃって

たんたんとした事務作業みたいに

なんだよ、なんだよ、あれか?俺がこないだ紅白戦で先輩に馬乗りになって殴ったからかよ?
あいつがわるいんだ。ぜってーあやまらないからな

もうバスケ嫌いになって

ぼんやりして。

ぼんやりして。

ぼんやりして。

あっという間に入院の前日になって

手続きして

そこまであんまり記憶がない

形成外科の6人部屋

先客で埋まってる

おどろいたんだ

みんな寝たきりで布団から何本も管が機械に繋がって、ピッピッ、シューッ、シューッって言ってるだけ。
みんなだよ?5人とも

おいおい俺もこうなるんか?えーっ!って

なんかさ、悪い夢みたいな、SF見てるみたいな。足がふわふわしてさ

もう一気に食欲失せてさ

あと6日後の本番までの準備を始めた

日一日とまるで死刑囚がお迎えを待つように

友達が来ても、両親がきてもうわの空でさ

本を読んで、音楽を聴いて

ピッピッピッピッ

なるようにしかならないもんな

シューッシューッ

こんなんで大人になれんのかな?

ピッピッピッピッ

彼女ほしかったな

シューッシューッ

くそ

うるせえな

すっかり夜になって
周りはみんな意識ないからさ、早く消灯して

そしたらね、どこかで花火だ!って言ったんだ

驚いて窓際に行くと、隅田川の花火が遠くにみえる

音の無い夜の花が
ひとつ、ふたつ、みっつ

まるで儚い夢のように
ひとつ、ふたつ、みっつ

この部屋で花火を観る者は他にいない

すっかり感情が鈍磨したぼくは
すこししてからベッドにもどった

ピッピッピッピッ

シューッシューッ

手術の前日にはもうフラフラで
もういいやぁってなって

かんがえるの、よそう

つぎの朝、担当外科医の部長先生の回診ですって。白い巨塔の財前五郎みたく偉い人が子分引き連れて来てさ

僕の顔とカルテとレントゲンのネガを交互に見てさ

んー?こりゃやらないほうがイイね

って

えっ?

あのね、かのうくん、きみは確かに漏斗胸だ。でもね、まだ軽い方なんだ。これはね、やらなくても進行しないと思うんだよ。

日焼けしてるけど、スポーツやってるの?手術するとね、スポーツできなくなるからさ、嫌だろう?

なんて言うんだ

しばらく何言われてるかわからなかった

でも助かったって思ったんだよ

じゃ、退院手続きとってね。って。

あっさりいうんだ。

あ、え、ちょ、

なんていいながら母を呼んでもう一度部長先生から説明されて

翌日無事退院

同室の人達に形だけ挨拶して

ピッピッピッピッ

シューッシューッ

応援されるように

ぼくは生還した

この一週間何もせず飯くって寝てるだけで6キロも痩せて

夏の日差しに膝が折れそうになって

帰りに池之端の黒船亭で洋食食って

良かったなって親父に言われてもちっとも嬉しくねえ

ああ。とか言ってさ

ぜんぜん食えねえの

視界は灰色でさ

うれしいくせに

バスケはもう辞めて

スポーツなんてくだらない

二度とやらない

JAZZにのめり込んだ

どんどん凝り固まっていって

はしっこがホロホロ壊れていって

笑顔がひきつるようになって

恋をして手酷く破れて

タバコをうんと喫んで

お酒も浴びて

期待を裏切って

ガラガラと崩れて

いけないこともたくさんした

あの花火の儚さとピッピッピッピッシューッシューッって音だけがね、記憶にのこる夏だったよなあ、うん

今からおもえば大した手術でもねえんだろうけど、そんときのぼくにゃ、一大事だったのさ

同室の人たち、どうしてるかなぁ

ピッピッピッピッ

シューッシューッ

そんなわけでね、ぼくの胸は今でも真ん中が凹んだままなんだよ

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