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#2-12 東長崎の八百屋の人

 ──2023年2月11日、晴れた日。絶好の写真日和だ。しかしベッドの上で目が覚めたのは昼の12時。昨日夜遅くまで飲んでいたのが響いてしまった。痛恨の寝坊に焦りを感じつつ、シャワーと身支度をして家をでたのは13時。冬の夜長で既に日は少し傾きかけている。
 小岩…蒲田…阿佐ヶ谷…、本日の撮影スポットの作戦を頭の中で練る。脳みそのスパコンをフル回転させ様々なスポットへの所要時間、各々の場所の日当たり、日没までの時間を考慮したところ、既に半日を消費してしまっている今、電車移動で更に時間を消費するのは得策ではないと判断した。今は1分でも多く外に留まり写真を撮れる状態にあるのが最善策だ。
 と、その時、覚醒状態の脳みその棚からひとつ、ある人物が"江古田駅"周辺を撮影スポットとして推薦していた記憶がスッとでてきた。瞬時にgoogle mapを開き場所を確認すると、我が町"練馬"から歩いて一駅。方角としては"池袋駅"のほうだ。"江古田駅"と"池袋駅"の途中には"東長崎駅"と"椎名町駅"も存在する。どちらも行ったことはなかったがgoogle mapの各々の駅の周辺は割と黄色の範囲が広がっている。恐らく商店街があり、人もぼちぼちいる。撮影スポットとして期待できそうである。
 そうして、"江古田"ー"東長崎"ー"椎名町"ー"池袋"をつなぐ、スナップシューティングのシルクロードが完成した。ここまでの所要時間わずか5分──。撮影に最適化された自分の脳みそに感謝しなければならない。
 よし、今日はこのルートでいこう──



 ──時は進み14時30分、ぼくは東長崎にいた。日も傾き、世界は少しタンニンがかっている。東長崎は学生街である江古田よりも閑散としていた。(江古田には武蔵大学と日本大学の2大学がある)
 しかし駅前にはマックやセイユーがあり生活するには不便はなさそうだ。踏切を渡り駅の反対側に行ってみると、ちょっとした商店ロードがある。少し歩いてみて、お店もポツポツ減っていき閑散とし始めた時、背中に「JAPAN SWIM TEAM」と書かれたジャージを着たおじいちゃんが12時の方向を見て立っている。良くみると八百屋の隣に立っているのでどうやら店主っぽい。ズボンもオールドスクールのラッパーばりの極太ズボンという出立だ。
 気になって思わず声をかけてみた。

YT「すみません、すごい服装かっこいいなと思って。これ水泳のジャージですか?」
OJ「そうですよ。昔やっててね。」

 話を聞いてみると現在72歳のこのおじいちゃん、やはり八百屋の店主だった。呼び込みで道端に立っていたのだろう。昔水泳をしていて、その時のジャージを仕事着にしているようだ。仕事中に付いたのだろうか、ジャージの前面には赤い色移りが見られる。

YT「この靴もかなり年季はいってますね!結構長いこと履かれてるんですか?」
OJ「いや、そんなことないよ。仕事ですぐ汚くなるから。」

 BalenciagaのParis Sneakerばりの汚さだが、よく見るとソールの減りや破れなどは無い。まだ数ヶ月しか履いていないらしいが、野菜の積み下ろし作業などですぐ汚くなるらしい。靴自体がまだ傷んでいないのに表面状汚くなる感じは、土足文化の西欧のティーンのスタイルを彷彿とさせる。

Balenciaga Paris Sneaker "フルデストロイド加工"

YT「このナイロンのズボンもかっこいいですね!丈夫そうで。」
OJ「これもすぐ破れるからね。引っかかって。」

 この極太ナイロンパンツ、見かけによらず耐久度はそこまでらしい。仕事ですぐ破れてしまうとのこと。確かによく見るとちょくちょく破れやほつれが見られる。僕らが普段目にする八百屋の店主は店先で接客に勤しんでいるイメージだが、知らないところでハードな仕事もしているのだろう。

 ──僕は数枚写真を撮らしてもらい、八百屋を後にした。道中、高校生のころ友達が新品のエアフォース1を自転車のタイヤに擦り付けて、わざと汚していたことを思い出した。その時はバカなことをしているなと思った。しかし、大学生になり僕は同じことをしていた。新品の真っ白のハイカットのコンバースを地面に擦り付けて汚くして、タバコの火は絶対ソールで消していた。消したあとの灰はアッパーのキャンバスに擦り付けてせっせと汚し、ソールにはマジックで謎の英単語を落書きしていた。ちょうど2016SSのサンローランのコレクションに衝撃を受けた時だった。コレクションは西海岸のサーファーやスケーターキッズのスタイルに影響を受けており、ほとんどのルックではユーズド加工でわざと汚れた真っ白なスニーカーを着用していた。僕は、海外の土足文化によるあの自然な汚れに憧れを抱いていた。
 それから、ユーチューブやネットで海外のティーンのスニーカー姿を血眼で探した。あの自然に見える全体的な黒ずみやスニーカーのくたった感じはいくら人工的に自分のコンバースを汚しても、ついぞ手に入れられなかった──

サンローラン2016SSのコレクションから


 戦後の日本、当時の若者たちは進駐軍が履くジーパンに憧れを抱いていた。アメリカ人からすればなんてことない普段着だが、日本の若者たちは初めてみるそのインディゴのズボンに熱狂していた。そしてその熱狂は次第に、より細部に目を向けさせる。アメリカ人が普段何気なく着ている色落ちしてくたったジーパンに近づけるために、色落ちやダメージ加工が日本では発達した。当時大学生だった僕も、戦後の若者と同様に”向こう”の着飾っていないスタンダードなスタイルに影響を受け、憧れていた。往々にして、ファッションでは自分の文化の外のものに魅力を感じ、カウンター的に取り入れることで新たなスタイルを生み出すことがある。フランス生まれのエディ・スリマン(元サンローランのデザイナー)もきっと海を隔てたカリフォルニアのティーンに憧れを抱いていたのだろう。

 ──時を経て、現在の僕は真っ新なコンバースをわざと汚して、ソールの側面にマジックで英単語を書くような熱狂は持ち合わせていない。もしかしたら、大学生のぼくが東長崎の八百屋のおじいちゃんの靴を見つけていたら、早速セイユーに同じモデルを買いに行き、必死に汚していたかもしれない。
 しかし、時を経て気付いたのだ。どぶネズミみたいに美しくなりたいと願う人間は、本当のどぶネズミにはなれないのだと──
 今だからわかる。あの靴は八百屋のおじいちゃんのものだからこそ美しい──。写真には写らない美しさがそこにはあるのだと──


東長崎の八百屋の人


写真には写らない美しさ


JAPAN SWIM TEAMのジャージ

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