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カネは魔物 武富士事件(下)

なりふりかまわぬ和解工作

 検事の冒頭陳述や報道によれば、武井保雄前武富士会長が盗聴していた相手は、山岡俊介氏(ジャーナリスト)以外にもマスコミ関係者や現役社員(取締役も含む)、元社員など、10数名にのぼる。しかし、時効(3年)が成立しているなどの理由で、2004年1月22日、高尾昌司氏(ジャーナリスト)に対する盗聴が追起訴されたのみだ。

 武井前会長と武富士(法人として電気通信事業法違反で起訴されていた。最高刑は罰金100万円)は盗聴被害者らとの和解交渉も必死に進めた。

 山岡氏には違法提訴と名誉毀損の損害賠償も含め、同氏から反訴で請求されていた合計3100万円(『ベルダ』関連600万円、『創』関連2500万円)を認諾(原告全面勝訴の判決が確定したのと同一の効力を持つ)して支払った。

 また、高尾氏には和解金3000万円を支払うかわりに、「武井被告に寛大な処分を願う」との『嘆願書』をとりつけた。

 そのほか、起訴事実には含まれていない盗聴被害者・藤井龍氏(元武富士支店長)にも同氏から損害賠償訴訟で請求されていた3300万円を認諾して支払っている。

 しかし、武井前会長、武富士と山岡氏との関係でいえば、前者が後者へ損害賠償金を支払っただけ。当時、山岡氏は「武井被告に厳罰を望む」との姿勢であったから、武井前会長はどうしても『嘆願書』なり『示談書』がとりたかった。

 武井前会長は仲介者らを通じ、山岡氏と接触しようとした。山岡氏は私に相談したうえで、「我々の共同インタビューを受けるならば、その後の対応は考える」と伝えるため、武井前会長と会う決心をした。

 2004年4月7日、仲介者2名も同席し、武井前会長と山岡氏が会談した。初対面の挨拶もそこそこに、武井前会長は切り出した。

「私は山岡さんに対する盗聴は知らなかった」

 武井前会長は2003年12月2日の逮捕直後から盗聴を自供していたはずである。意外な言葉に動転する山岡氏に武井前会長は続けた。

「冤罪だといえば、(保釈が認められず)体がもたなかった」(2004年2月25日、武井前会長は保釈金3億円で保釈されている)

 さらに武井前会長は「今、真実を話すと、保釈が取り消される。刑事裁判が終わってから、あなたのインタビューを受ける。そのときは自分が盗聴していないという証拠も出す」と約束した。

 直後、武井前会長は仲介者らに席をはずさせ、「(山岡氏の)弁護士に(損害賠償金の)半分ぐらい取られたでしょう。キャッシュで届けさせるから」と裏ガネの提供を申し出た。山岡氏は即座に断ったが、一連の会話を録音していなければ、後で何をいわれたかわからない。

 仲介者らが戻り、その1人(女性)が泣きながら、「山岡さん、(武井前)会長を助けてあげて」と『示談書』を取り出した。山岡氏は「自分が冤罪の原因!?」と混乱し、上の空で文面も目に入らないまま、「甲(山岡氏)は乙(武井前会長)が真摯に反省していることを確認する」「甲は、本件事件につき乙を宥恕し、円満に和解した」などとする『示談書』にサインしてしまった。

 山岡氏は武井前会長らと別れてから、私と一緒に録音を聞きなおした。山岡氏は「これはだまされたなあ」と恥ずかしげに言ってから、コトの顛末を報告するため、検事へ電話した。

 この『示談書』の当否は武井前会長の刑事裁判で問題となった。2004年8月2日、山岡氏は証人として出廷し、「冤罪などという言葉を信じ、『示談書』にサインしたのはジャーナリスト失格。しかし、このような手段で示談する武井被告は無反省極まりない。厳罰に処してほしい」と証言した。法廷では、武井前会長と山岡氏との会談の録音が一部再生され、武井前会長が「調書は検事の作文」などと発言していることも明らかになった。

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