Nシステム

こうして監視社会は始まった(下)

「Nシステム」が『1984年』の世界の入口

「Nシステム」というのは「ナンバー自動読み取り装置」の通称で、「N」は「Number」(ナンバー)を表すといわれる。

 道路上のアーチに設置された「Nシステム」(本記事のタイトル画像。年々、小型化、高性能化、低価格化しており、機種は何種類もある)は、その下を通過するクルマのナンバーをカメラで読み取る。それが警察のコンピュータへ送られ、いつ、どのクルマが、どこを通ったかという情報が蓄積される。つまり、クルマで移動する限り、プライバシーは著しく制限されている。

 浜島望(ペンネーム。本名、和田兌)氏は「Nシステム」研究の第一人者だ。彼は長らくトラック運転手の労働組合で、交通行政の問題点を追及してきた。交通違反や交通事故の裁判では、特別弁護人、鑑定人を務めるほど、法律的、科学的な知識も豊富である。

 その浜島氏が「Nシステム」の存在に気がついたのは1986年ごろという。

「最初、新聞で『ナンバー自動読み取り装置』というものが開発されていると知りました。直後、道路上で実際に『Nシステム』を見かけるようになったのです」(浜島氏)

 それから「Nシステム」は着々と全国の道路に設置されていく。

 ところが、警察は「Nシステム」の情報をほとんど外部へ出さなかった。強大な監視網が完成し、既成事実化するまで、「Nシステム」の存在を隠しておきたかったと思われる。プライバシー侵害などの理由で訴訟を起こされたりしたら面倒だからである。

「1990年代に入っても、『Nシステム』に関する報道、文献は驚くほど少ないんです。技術的な仕組みや『Nシステム』の運用方法など、推測でしかわかりません。警察庁は『Nシステム』の設置目的を『盗難車両の発見のため』といいますが、それだけで1カ所1億円といわれる『Nシステム』を導入するのはコストパフォーマンスが悪すぎます」(浜島氏)

 そこで、浜島氏はある決心をする。1995年のことだという。

「全国の『Nシステム』を全部、この目で見てやろう、調べてやろうと思ったんです。ちょうど仕事が楽になったときでしたから」(浜島氏)

 折しも一連のオウム真理教事件の強制捜査が始まり、「Nシステム」は信者の動向調査、検挙に威力を発揮していた。その効果が大蔵省(当時。現在、財務省)などに認められたのか、1995年度中に「Nシステム」は一気に約200カ所が大増設される。既存の「Nシステム」は約150カ所といわれていたから、その激増ぶりがわかるだろう。

 浜島氏は増え続ける「Nシステム」を相手に奮闘した。旅費を抑える意味と、走行中に「Nシステム」を発見するため、長距離バスを多用した。そして、「Nシステム」を見つけては、地図に印を付けて写真を撮った。

 こうして、浜島氏は全国約450カ所の「Nシステム」を実地調査し、1998年、『警察がひた隠す 電子検問システムを暴く』(技術と人間)という単行本にまとめる。

「調査の結果、わかったことは、『Nシステム』と盗難車両の検挙とは何も関係がないことです。むしろ、『Nシステム』の設置数が多い都道府県ほど盗難車両の検挙率が低い。全国的に見ても、毎年、『Nシステム』は増加していますが、盗難車両の検挙率は下がっています。また、おそらく、『Nシステム』は公安警察が使っているはずです。『Nシステム』の設置場所は成田空港や原子力発電所、オウム真理教関連施設など、交通量が少なくても公安警察が情報収集に必要な場所周辺に多いのです」(浜島氏)

 浜島氏の調査を受けて、1998年3月、弁護士ら13人が「『Nシステム』により、プライバシーを侵害された」として、国に損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。原告の1人、今井亮一氏(交通ジャーナリスト)は言う。

「裁判の中で警察側は『プライバシー侵害にならないよう厳正な運用をしている』と主張するのですが、具体的に、どう『厳正な運用』がされているかは明らかにしません。『民はお上に任せておけばいい』という前近代的な姿勢です」

 警察庁広報室に「都道府県別の『Nシステム』設置数」を尋ねたところ、「都道府県別設置数を明らかにすると、設置場所を推測する手がかりとなり、犯罪者を利するおそれがある」という理由で回答を拒否された。こういう警察の秘密主義をまのあたりにすると、浜島氏の調査の重要さがよくわかる。

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