見出し画像

洋服屋さんで働いていた頃

高校を卒業してすぐに、私は地元の洋服屋さんで働いた。
本当は東京に出てビルの窓ふきがしたかったんだけど、上京して一人暮らしをするにはお金がたくさん必要だと知ったから、まずは働いて資金を貯めることにしたのだ。

その洋服屋さんはカジュアルな洋服を置くお店で、小さいその街ではとても人気のあるお店だった。
社長と奥さん、それに私の他にもう一人、社員の人がいた。
私はそこで約1年半働いた。
毎日お店の中で接客をしていると、窓からの風とか、空の様子とか、そういうのがすごく恋しくなる。
私はいつも、どこかへ行きたい病だった。

洋服屋さんには、買付けと言う仕事もある。
それはいつも、奥さんと先輩社員さんの仕事だった。
でもある時、奥さんが社長に言ってくれた。
『今度の買付け出張にはゆーちゃんを連れて行こうかな』
奥さんは私にちらっと目配せした。
私は飛び上がる程うれしかった。
そして実際にきゃーと言いながら飛び上がった。

私はいつも奥さんから楽しい出張の話を聞いていたのだ。

『新幹線の中でね、駅弁を食べながら行くんよ。
それでね、向こうの駅に着いたらまず、すごくおいしい天ぷらうどんを食べに行くんやけど、その天ぷらがね、もうサックサクなんよ〜。
2件取引先を回ったら、江口さんが(取引先の人)いつも接待ランチを食べに連れて行ってくれるんよ。人気の洋食屋さんで、サラダとスープが付いてくるチーズたっぷりのドリアを食べて(私と奥さんはドリアが大好き!)、午後にあと2件取引先を周ったら、岩田さん(取引先の人)と一緒にモンブランのおいしいお店でお茶するんやけど、初めて食べたときの衝撃、こんなおいしいモンブランあるん??って感動した〜。あれは世界一おいしいモンブランと言っても過言じゃないね。
それでね、帰りに駅前のいつも行列が出来てるパン屋さんでパンを買って帰るんよ。(そのパンはいつも奥さんがお土産に買ってきてくれるパンで、バターの香りが良くて、ふわふわで、めちゃくちゃおいしかった)
最後に、もしまだおなかに入りそうなら、駅前でラーメンを食べてから新幹線に乗る。
豚骨ラーメン。これがね、もうっっおいしいんよ〜
あとね、帰りの新幹線の中でパン屋さんのふわふわパンを食べるから、お土産分とは別に買うんよ』

奥さんは食べることが大好き。
そう、奥さんはとてもふくよかな人だった。
とてもふくよかで、まんまるで、真っ白で、スノーマンみたいな人。
笑ってない時でも笑ってるように見えるほど口角が上がっていて、私はいつもその口を見ると幸せな気持ちになった。

その奥さんと、新幹線に乗って二人で出張に行く。
平日の昼間から外の空気を吸って、乗り物に乗って、おいしい物をいっぱい食べて、しかもお給料までもらえる。
夢みたいな一日だ。
もちろん、買付けも楽しみ。
奥さんは、いつも買い過ぎて在庫にしちゃうから『ちゃんとゆーが止めてくれよ』って社長に頼まれた。

朝早く起きて、駅で奥さんと待ち合わせ。
奥さんの顔を見ると、わくわくしているのが分かる。

『ゆーちゃん♪おなかすかせてきた?』
『もちろんです♪昨日のお昼から抜いてます!』

私たちは、ほくほくと駅弁を買い込む。
奥さんがニコニコしている。
奥さんがニコニコするとすごくかわいくて、本当に楽しい気分になって私もニコニコする。
そうすると、奥さんが、
『ゆーちゃんはいつもニコニコしてるね、気持ち悪い』とか言う。
それで私は爆笑してしまう。
連鎖的に私たちは笑って、いつも奥さんとは笑っていた。
そんな二人が一緒に出張に行くのだから、楽しくないはずがない。

普段お店にいる時よりも、私たちはテンション高く、新幹線に乗った。
奥さんがあきらかに駅弁を買い過ぎていたのが気になったけど。


この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?