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白いピンヒール #2『初めてのお客さん』

面接の帰り、私は靴屋さんを巡った。
というか、巡るつもりでいた。
白いピンヒールはきっとなかなか見つからないだろうと思っていたのだ。
でも1件目でそれは簡単に見つかった。
今まで、興味がなかったから目に入ってなかったんだね。
ちゃんと靴売り場にそういうコーナーがあった。
私は、あんまり魅力を感じなかったけど、白のピンヒールを買った。
ヒールの後ろ側に金色のラインが入っている。
そういうキラキラしたものは好みじゃないけど、それしかなかったのだ。

そして翌日、それを持って緊張しながらお店へ向かった。

季節は12月に入ったばかりのクリスマスシーズン。
にぎわい始めたころ。
私は、白のチャイナドレスに着替えて白いピンヒールを履いた。
そして、女の子たちが待機する場所に座って、ボーイさんに呼ばれるのを待つ。
女の子たちはみんなキラキラしていてきれい。
リップすら塗っていない私は、なんだか場違いに思えた。

ボーイさんが呼びに来る。
私を席まで連れて行き、席の前でお客さんに紹介する。
『ご、紹介しまぁす!タ、マさんでーす!』
その言い方が独特で笑ってしまったのだけど、文字では的確に表せない。
紹介された私は、そのお客さんの横に座った。
何を話せばいいんだろう。
どこかで飲んできたのか、お客さんたちはすでに少し酔っている感じ。
2人連れで、歳は20代後半くらいに見えた。

何を話したか覚えていない。
でも、なんとか時間が過ぎた。
なんだか無理してしまって、ぐったり疲れた。
こんな調子で何時間も過ごすなんてムリだ‥

私は思った。
たとえ夜のお店の出会いであっても、人と人との奇跡みたいな出会いに変わりはない。
その時々のお客さんとの一瞬を大切にしてみよう。
一人ひとりのお客さんを、愛しい人と過ごすひとときの様に感じて接してみよう。
そうする事しか、私がここでの時間を好きになれる方法はない。

私は、素のままの自分でありつつ、精一杯の接客をしようと決めた。

初めてのお客さんを出口までお見送りして
待機の場所に戻ると、もうホールはお客さんでいっぱいだった。
すぐに呼ばれた。
2度目のお客さん。
3人連れ。歳はバラバラみたい。
私はその中の一番若そうな人の横に紹介された。
『ご、紹介しまぁす!タ、マさんでーす!』ボーイさんがまた例の笑ってしまいそうになる口調で言う。
席にいた3人のお客さんと2人の女の子は私の名前を聞いて笑った。

タマ?
なまえ、タマっていうの?
猫か!?

でも、私に視線が向けられたのはそこまでだった。
他の女の子2人と3人のお客さんはすでによく知っている仲の様で(きっと常連さんなのだ)、すぐに5人の楽しそうなお話しに戻った。
私は、ただ横に座ってそのおしゃべりを聞いていた。
よく聞いていると、私がついている若いお客さんはとても面白い事を言う。
いちいち私の笑いのツボに入る。
私は横で笑っていただけだけど、少しづつ打ち解けていった。

30分位経った頃、私はボーイさんに呼ばれた。
キャバクラでは、指名されていない時は女の子をどんどん回していく。
そうする事で、気に入った女の子に指名をいれてもらう。
お店にとっては指名料が重要なのだ。
私は、そのお客さんと打ち解けはじめたところだったので残念だったけど、挨拶をしてその席を立った。

他の席に紹介されて座った頃、ボーイさんが呼びに来た。
さっきの人が私を指名して、呼び戻してくれたのだ。
私はすごくびっくりすると共に、夢みたいにうれしかった。

今度はボーイさんが席の前でこう紹介してくれた。
『ご〜指名あーりがとうございまぁすっ!タ・マ、さんでーーす!』

なんだかちょっと紹介も豪勢になった気がした。

もう一度その席に座った私は、
さっきそこに座ってた時とはぜんぜん違う気持ちだった。
私はここに居ていいんだ。

これが私の初めての指名。

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