「何を見るのか」と、「何を通して見るのか」自分のかけているメガネの話
今年は職場を変え、新たな働き方にもチャレンジして、うまくいかないことも多々ありました。
新しい職場では、新たな人間関係が始まります。
自分が力を発揮できるか、そして、気持ちよく働けるかどうかは職場の人間関係次第です。
ともに働くメンバーと活かしあえる関係を築くには、私自身も変わらねばなりませんし、ある程度、適応の時間を必要とすることも多いのではと思います。
新しい人と働くというのは呼吸を合わせるようなものだと思います。
最初はどうしても、自分の見ている世界と相手が見ている世界が合わないので、それが合ってくるまでにはいくつかの行き違いや衝突も避けられません。
大切なのは、違いに出会った時に、感情のコントロールを失ったり、自分の正しさを主張したくなるのを抑え、冷静に対処していくことだと思います。
個人的には、相手の見ているものは何だろうと好奇心を持つことを意識するようにしています。
哲学の認識論という分野では、ものごとを知るという行為は、
その人が「何を見るのか」と、「何を通して見るのか」の組み合わせで成り立っているとするそうです。
たとえば、ある人が日々無駄話をせずに仕事に取り組んでいるとします。
その時に、
「仕事に関係ないことはしないまじめな人だ」と好ましく評価する人もいれば、「職場の人間関係を大切にしない、冷たい人だ」とネガティブな評価をする人もいるでしょう。
ある組織では評価される行動が、違う組織ではそうではない。
ある上司の下では伸びる人が、違う上司の下では伸びない。
評価などというものはこのようにどのように見るかによって左右されるため、とても曖昧なもので、ある意味公正に行うのは難しいと思いますし、世の中で起きている組織の人間関係のストレスの背景には、このような認識の問題が本質的にあるのではないかと感じています。
つまり、「何を見るのか」については共通の認識を持っていても、自分が「何を通して見ているのか」について職場の一人ひとりが自覚している組織はなかなかないのではということです。
しかし私は、このことこそが、職場の関係性を改善し、発展していくカギだと思います。
この「何を通してみるのか」ということを「メガネ」と考えることとします。
組織にいると、「あいつは、言い訳をしている。」とか「あいつは新しいことにチャレンジするのを恐れている」
など相手の気持ちや態度を評価する発言をよく聞きます。
しかし、多くはあくまで自分のメガネをかけて、どう見えるかということを言っているにすぎません。
もしも、相手のメガネをかけてみたらどう見えるでしょうか。
その人になりきってみたときに、その人の目からは現実は違って見えるものです。
自分が人を見るときに使っているメガネは、取り外しが可能だということに人はなかなか気づきません。
メガネに支配されるのではなく使いこなし、時に外してみるというのはとても効果的です。
もちろん、経営は一つの判断をしなければなりませんので、多様なメガネから多様な意見が出たからといって、すべての意見を叶えることは不可能です。
しかし、いったんメガネを外してみる、そして必要だと思えばまた同じメガネをかけてもいいというように、少しメガネと距離を置いてみると、結論が変わることもあります。
そういう意味で、環境が変わった今年は、たくさん耳の痛い言葉をいただきました。
引き続き、相手から見える現実はどうなのかということを受け入れ、メガネを外すことにチャレンジしようと思います。
2015/12/31 VOL67
sakaguchi yuto
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