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欲望をハックする

清水大吾さん、中村研太さんにお声がけいただきました「資本主義をアップデートするアドベントカレンダー」17日目を担当させていただきます。

私は「サステナブル・ビジネス」のエリアで過去25年間、仕事をしてきました。最初の12年は、開発の分野で、途上国のビジネスマンとともに、アフリカなどの現地のサステナブル・ビジネスの推進を、そして2011年以降は日本に戻り、日本企業のサステナブル・ビジネスの推進を支援して参りました。

最近、「なぜそんなに早い時代からサステナブル・ビジネスやってきたのか」、「そのきっかけは何か」という質問をよく受けるようになりまました。今日は、なぜサスティナビリティなのか?、そしてなぜビジネスなのか?という点に関する私なりの答えをお伝えしたいと思います。

まず、サスティナビリティを目指すことになった幼少期の原体験があります。私は1975年生まれなのですが、1970年前後はエチオピアで大飢饉が相次いでいました。幼稚園の頃だったと思いますが、ある時、テレビを見ていたら、エチオピアの大飢饉の問題が特集されていました。その中で、同じ歳位の子供が飢えていて、痩せほそり、お腹が膨れた状態で死にかけている映像が映っていたのですが、私はそれを父親とともにケーキを食べながら見ていたのです。子供心に、同じ年頃の子供が餓死つつあることを、地球の反対側でケーキを食べながら見ているというこのコントラストに大きな衝撃を受けました。このように、不公平なことがあっていいのかという強い思いを抱いたのです。それ以来、私は、自分の人生を少しでもより公正で、より良い社会を作っていくということに貢献していきたいというふうに思って仕事をしてきました。私がサステナブルな社会づくりを目指した最初のきっかけです(サステナビリティという言葉はまだありませんでしたが)。

ではなぜビジネスなのか。それは、「人間は正論では動かない、本当に何かを浸透させていきたいと思えば、それは自由な個人々々の欲望に基づく選択の中に入り込み、選び取られて行く必要がある」と考えたからです。規制やルールといったやり方で物事を浸透さえていくやり方もありますが、それは著しく長く、政治的な道のりで、とても私にはあっていない。それに対して、近年の資本主義は、「無限に富を生み出す仕組み」として、人間の欲望に上手に入り込み、より多くの人に選び取られることでこの世界を席巻してきました。この資本主義の仕組みを利用していくことこそが、よりよい社会をスピードとスケールを持って広げることになると考えたからです。(注:資本主義の解釈は様々にありますが、ここでは価値判断や政治的立ち位置から独立して利用できる「富を生み出す仕組み」と定義したいと思います。)

では人はどのように物事を選択するのか。

人の心に訴えかけ、選ばれるためには、人間の3つのレイヤーの欲望に働きかける必要があります。(マズローの5段階欲求説がよく似ていると思われるかもしれませんが、私の定義の中で、彼の5段階はほぼ、①の利己的欲望に分類されると考えています)

1つ目は利己的欲望です。自分自身がより豊かになりたい、より良いものが欲しい、何かを成し遂げたい。こうした利己的な欲望です。利己的欲のない人間は、おそらく、ほとんどいないでしょう。

しかしながら人間は自分だけのことを考えているわけではありません。2つ目のレイヤーとして「自分が属する集団の利益を求める」気持ち、すなわち社会的欲望というのがあると思います。自分の家族、自分のコミュニティー、自分の周りにいる人たちが豊かであってほしい、彼らの利益を守りたい、逆に、そうした身近な社会が攻撃されると、他者を攻撃してでも自分が属する集団を守りたいと思うというような種類のものです。

さらに、利己的な視点からは説明のつかないような、3つ目のレイヤー、英雄的欲望というものが人間にはあります。すなわち「現実的な利益を超えた、高邁な理想や信念」を追い求める欲望です。理念、理想のために、自分の利益を犠牲にしたり、究極的には自分の命を投げ出すと言うような人間の側面が間違いなく存在します。フランス革命において、自由平等博愛という理念に対して、命を投げ出すといったような事例が思い浮かべられます。

人間とは複雑な存在で、どのような人の中にも、これらの要素が複雑に存在していて、どれか一つが満たされれば満足、というわけにはいかないのです。

利己的欲求と言うものは非常に強いもので、崇高な理念や正論だけで、個人に何のメリットもなければ、(一部を除き)多くの人には受け入れてもらえません。私自身もアフリカで長い間仕事をしてきましたが、衛生習慣や、学校教育などが重要である、という正論だけ掲げていても、現地の人たちの「欲望」の仕組みに目を向けない限り、それらは現地の仕組みとして根付かないというなことがよく起きていました。様々な国際開発やサスティナビリティをめぐる取り組みの失敗、そして共産主義の失敗は、英雄的欲望と、社会的欲望だけに語りかけて、利己的欲望を無視してしまったことが一因であったと思います。

他方で、自分の利益だけで他人はどうでもよい、という考え方にも多くの人は拒絶反応を示します。近年の資本主義は、利己的欲望と一部の社会的欲望(自分の家族が豊かになる、自分の会社が成長するなど)に資する仕組みとして、多くの人に選択されてきました。しかしながら、その結果、多くの個人が取り残され、企業以外の集団(コミュニティ)が不利益を被り、そして何よりも、高邁な理念や思想が欠如していることにより、近年、人々の信頼を失いつつあります。

ですから、資本主義が、これまで以上に多くの人から選ばれ、信頼され続ける仕組みとなるためには、「①より多くの個人の利益を満たし」、「②人々が属するコミュニティや国、集団の利益にも貢献し」、そして何よりも「③私たちの存在に何か崇高な意味を与えてくれるようなものに資する」ようなものを実現することができる仕組みなんだと証明していく必要があります。

資本主義は、非常に強大で、効率的で世界中に広がった仕組みです。これをみすみす諦めてしまう必要はありません。それをどう使うかは、私たちビジネス界の手にかかっています。ビジネスは、矮小化された個人の利己的な欲望にだけ働きかけるのではなく、もっと大きな理想、もっと大きな理念を掲げていくことで、人々を大きく動かしていくことができるはずです。そして、その時、資本主義と言う強大な仕組みは、大きな理想を実現するための強大なマシーンとなってくれるでしょう。ただし「無限成長」や「生産手段の私有化」等、資本主義が前提としている事柄の見直しは必要だと思います。「適切な成長」とは何か、「生産手段は誰のものか」、「適切な分配と」とは何か、議論が必要です。

山口周さんが「資本主義をハックする」とおっしゃっていますが、資本主義とハックすることってなんだろう、という私なりの解釈が「欲望をハックする」ということ。長期にわたりサステナブル・ビジネスの現場で働いてきましたが、「より多くの人がそれぞれのあり方で幸せに生きれるような、より良い社会」ことを実現するのは、誰かから強制された仕組みや、ルールではなく、欲望に働きかけるビジネスの力の見せ所であり、それを一定以上のスピードとスケールで広げていくためには資本主義という仕組みが不可欠となります。もちろん、スピードやスケールではなく、小さなコミュニティを作っていくような試みも大切です。両方のアプローチが手を取り合い、大きな仕組みも、身近なコミュニティも、もっともっとよりよいものになっていけばと思います。

共著書:『SXの時代』『2030年のSX戦略

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