私たちの

檸檬の浮かぶボトルに反射した光がテーブルの上で揺らめく。耳を通りすぎる洋楽は名前も知らないアーティストのものだ。午後1時を過ぎた渋谷は、平日だからか人通りは多くない。
藍は唇を一度なめて、口紅をひと塗りした。
久しぶりのお休みに、行ったことのないカフェに行こうと思い立ったのは今日の10時すぎ。数日前から写真投稿アプリで見かけたカフェが気になっていたのだ。
久しぶりに訪れた渋谷の街には新しいビルが立っていた。一人暮らしの郊外の部屋から都心までは電車で1時間と少しという中途半端な距離にいるせいか、一人ではめっきり来なくなっていた。
場違いなのではと思いつつも、創作料理とも呼べるようなサラダとデザートを注文し、窓の外を通りすぎる人を眺めていた。

***

いらっしゃいませ、という声が穏やかな店内に響く。藍はデザートの最後の苺をほおばって、フォークをおいた。扉の方に目をむけると、一人の女性が立っていた。
襟は白色で、胸元にプリーツが施された青色のワンピースに一瞬で目を奪われていた。
慣れた様子で店員と挨拶を交わし、窓際の右から2番目の席に持っていたコートを掛けた。
その女性から藍は一時も目を離せずにいた。まじまじと見てはいけないと思いつつも、その座った後ろ姿さえも美しく見えてしまう。真っ青な青空に浮かぶ雲のようにはっきりとした画ばった白色の衿。街並みに溶け込んでいるようで、光を放つようにくっきりと、彼女を浮かび上がらせているように見えた。
「お済みのものをお下げします」
カフェのスタッフの声に、はっと我に返る。
「あ、はい」
気のきいた返事をできるわけもなく、小さく頷いて、コーヒーに口をつけた。
机の隅に置いたスマホを手に取ると、写真投稿アプリを開いた。検索履歴の画面の下にこのカフェが表示されていた。
カフェの写真が並ぶなかで、赤色のワンピースでカフェの前に立つ女性がいた。
襟は白色で、胸元にプリーツが施された真っ赤なワンピース。
写真の投稿文にはただ一言、私たちの、とだけ書かれていた。
藍は窓際の女性を見返していた。そこには、画面の中の女性が座っていた。
色違いのワンピース、形の全く同じワンピースは、写真で見たときも、目の前にしたときも彼女によく似合って見えた。
どうしてこのカフェが気になったのか、どうして今日ここに来ようと思ったのか、藍は妙に納得した気がした。
窓際の彼女が立ちあがる。藍はあわてて会計を済ませ、彼女の後を追っていた。

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「あの!!」
青色のスカートを翻して振り返ると、若い女の子が息を切らして立っていた。行き交う人が一瞬だけ振り向いて、通りすぎる。
「そのワンピース、すごく似合ってます……!」
予想もしなかった言葉を告げた女の子は頬を赤くしながら、息を必死に整えようとしていた。
「ありがとう。これは私たちのワンピースだから、きっと貴女にも似合うよ」
女の子は驚かされたという表情とともに、嬉しそうに笑った。

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