11/22(日) 第三十一回文学フリマ東京 出店情報

【会場】東京流通センター 第一展示場 
【日時】12:00〜17:00                            【サークル名】どこにだっていけない
【サークルスペース】エ-33
【Webカタログ】https://c.bunfree.net/c/tokyo31/1/%E3%82%A8/33

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■新刊サンプル            

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『PM5:45』(A6/32p/200円)のうちの一編です。

「しゅうまつの海」(一部抜粋)

 アキは俯いたままゆっくりとリモコンに手を伸ばし、震える指で赤いボタンを押した。中継をしていた女性リポーターの溌剌とした声が消えると、道路を挟んだ斜め向かいの公園から、子どもたちがはしゃぎ回る楽しげな声が聞こえてくる。快活な子どもたちの前では、寒さなんてあってないようなものなのだろう。幼少期から部屋に篭ってばかりいた幼自分とは、生まれつき何かが違う気がした。
 コト、とリモンコンを置く音が聞こえてきて、意識が公園からリビングに戻ってくる。アキは机の端に置いたリモコンを握り締めたまま、しばらく動かなかった。綺麗に整えられた爪の先が白くなっている。力を込めすぎたせいか、右手の人差し指のネイルが少しだけ剥げていた。
 テレビを見るために少し傾けていた体を、俯くアキの方へと向ける。一緒に住むようになってから、背の高いアキの頭を覗き込む機会はずいぶん増えた。すっかり見慣れた形の良い頭を見ながら、つむじが左巻きだ、とどうでもいいことを考える。
「なんで悠はいつもそんなふうにばっかり考えるの?」
 ようやくあげた声は、震えて上擦っていた。それが一息に言い切ったせいではないことくらい、考えなくてもわかる。嘘でも何か言おうと口を開き、結局何も言えないまま口を噤んだ。アキが期待する言葉が、私にはわからなかった。
 アキはもうずっと、机と睨み合ってる。いつの間にか泣いていたようで、重力に従って落ちた涙が白いコーヒーカップに沈んだ。黒い水面が一瞬だけ揺れる。カップの中に何粒の涙が落ちれば、塩辛くなるのだろう。塩辛くなったコーヒーを飲み干せば、悲しみを飲み干したことになるのだろうか。
「なんか言って。このままじゃ悠のこと、全然わからないままだよ」
 わかってほしいわけじゃないよ。
 反射的に頭に浮かんだ言葉を、喉の奥に押し留め、ゆっくりと呑み下す。昔から、軽率に人を傷つけてしまう性分だった。言うべきではないこと、触れるべきではないこと。この世界に横たわるグレーゾーンを上手に避けて生き抜くことは、私にはとても難しい。正しく生きる人の目に映る灰色は、私にとっては透明に見える。
 (中略)                   冷たい曇天の下に広がる海は灰色で、寄せては返す波の音が、ひどく寂しげに聞こえる。長時間の運転で強張った体を解すように、組んだ両手をぐっと伸ばす。その体勢のまま大きく息を吸い込むと、たっぷりと水分を含んだ潮風が肺に流れ込んできて、逆に息苦しくなった。地上にいるのに溺れているようで、不思議な気持ちになる。
 アキは私から少し離れたところに座って、じっと海を見つめている。車の中でも、アキはほとんど無言だった。ただ一度、サービスエリアでカフェオレを渡した時にありがとう、と消え入りそうな声で呟き、コーヒーを飲む私に運転を代わろうかと申し出てくれた。
 私たちは恋人というには遠く、他人というには近い距離のまま、黙って海を眺め続けた。今日で二月も終わるというのに、海風は肌を刺すように冷たく、砂浜には私たち以外に人はいなかった。
「明日は晴れるかな」 
 穏やかな波の音にさえ掻き消されてしまいそうな、小さな声でアキが呟いた。私に聞かせるためでも、二人の間に広がる静寂を打ち破るためでもない。まるで姿の見えない何かに祈るような、叶わないと知りながら願掛けでもするような、密やかな声だった。
「きっと晴れるよ」
「そっか」
 なら良かった。
 何の根拠もない言葉だとわかっているはずなのに、アキは心底安心したように、目を細めて柔らかく微笑んだ。目の奥にはきっと、青く光る海が映っている。
 私はその横顔を、今までで見たなによりも、美しいと思った。


■既刊情報

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『二人の箱庭』A5/20p/200円                          「不道徳な片思い」をテーマにした短編集です。

 

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